月別アーカイブ: 3月 2013

立憲君主制だけ

標準

200px-Dehkhoda_javan

  PDF:    立憲君主制だけ

an00001229-b

立憲君主制だけ

ついある晩、耐え兼ねて、お母さんに聞いてみた。

「母ちゃん」

「ふん?」

「他の人も夫婦だろう。なぜ誰も母ちゃんと父さんみたいに、一日中喧嘩しないの?」

「この背信の奴め。一度も父に文句を言ったことがないくせに、よくそんなこと言ってるわね。」

「分かった、分かった、御免なさい。じゃ、説明してくれ」

「別に。最初から星が似合わなかった」

「何で?」

「無理やりにお前の父さんに結婚させられた」

「無理やりに結婚することもあるの?」

「そうよ。わたしのお父さんが亡くなったとき、わたしは従兄弟の婚約者だったわ。お父さんは言えば、お金持ちで、わたし以外相続者がいなくてね。彼のパートナーがわたしの相続を奪おうとした。そうなると、わたしは弁護士だったこの男に問題を解決すると頼んだ。わたしからもらった委任状はいったいどんなもんだったのか知らないけど、その一週間後わたしに粘って、勝手にわたしを自分の女にしてしまったと言った。わたしはどんなに泣いても、空に上がっても、土に降りても、彼はお前はもう我が女だと言っていた。一年も無駄に告訴しに続くと、お母さんはこんな地獄に落ちたのよ。彼は永遠に地獄の火の中に燃えるように。預言者の前に顔が真っ黒になるように。ご飯は馬に乗り、彼は徒歩走るように。あのレパントのアルザッグ(昔々のある嫌われる怖い軍人)の目のような目が死刑執行人の手に抜かれるように。」とお母さんは話して、さめざめと泣いた。

あの夜から、お母さんのことを可哀想と思った。だって、私も従姉妹の婚約者だったから。婚約者を婚約者から引き離すのはどれだけ酷いなのか、私にもよく分かっていたもの。

あの夜から、もう父を愛せなかった。父の目を見ると、怖くなるのもあの夜からだった。だって、お母さんが言ったとおりで、あの目は確かにレパントのアルザッグの目のようにだった。父の目を怖がり、おまけにそれ以来どんな弁護士を見ても、目が怖かった。弁護士の名前を聞いても、怖かった。そう、怖かったんだ。

しかし、今それを話したいのではない。奴らは死んで、正義の世界に行った。と、私たちはこの不正な世界に残った。まあ、神様は皆を許すように。今言いたいのは、例え誰も知らなくても、私が最初から立憲君主制の支持者だったってことをあなたはよく知っているはずだってことだ。

私は最初から運動に参加し、大使館へもシャブドラズィムのお寺へも(二つの大事な抗議デモ)行った。徒歩で諸君とゴム(町の名前)までも行った。なぜなら、立憲君主制は正義、残酷さのお仕舞い、国民の幸福、そして国の栄えだと分かっていたから。私はその意味をよくわかっていた。と言えば、西洋主義の紳士にそう信じさせられてたんだ。しかし、つい王様にあの詔をもらい、国民が「よし、後は弁護士を選んで、国会に入らせるだけだ」と言い始めた時、私はお湯に浴びられたようになった。全身が振るいだした。目が暗くなって、目眩がした。「よせ。自分の手で邪魔を作るだけだよ。頼むから、よしてくれ。」と言ったのに、「何ってんの?にぽん(にっぽん?)からサントラブルグ(サンクトペテルブルク?)まで全国には弁護士があるんだよ。」と言われた。「なぜ立憲君主制だけは嫌なの?」と聞くと、「何も知らないな。弁護士がいない立憲君主制がないだろう。」と返してきた。

考えると、確かに彼らの言うとおりだったね。「本気で弁護士を選ぶのなら、せめてよく注意してから、選んでくれ」と言って、「分かった」と答えてもらった。分かったと言って、注意して、しかもよく注意してくれたんだ。が、何に注意したんだろう?お腹の太さや首の厚さ、ターバンの大きさや髭の長さ、馬車の馬の多さなどに注意したんだろう。弁護士達をパーティーにでも行かせるつもりだったかな。

あれから二年も経て、今更私の言ったとおりだってことは明らかになってな。七十四人の弁護士の多数で四十年の狼をまたベルリンから招き、国民に襲わせてやがったってことを皆今更見破る。国会の印鑑はただ懐中時計のチェーンの飾りだけだと今更分かってる。国会の席を満ちるのはマファヘロッドレ殿やラヒム様、モアイエッド殿などのお腹で、少数のいい弁護士が可愛そうにリウマチになってしまうと今更見えるんだ。弁護士は恥も知らず、敵に対して軍隊を降伏させると今更呑み込むんだ。法律を作った者は法律に従う格より偉いと今更理解しているんだ。任務時間が終わる三時間前からも小学生みたいに「お客様がおいでになっていますので、○○弁護士さんにお宅に帰るようにお伝えください」の電話が来て、弁護士様達は家に帰ってしまい、国会にいる時も眠り、仕事をサボるのも国民は今更分かってるね。

でもね、私は最初から分かってたんだよ。私はお母さんの泣いたりするのを見たことがあったもの。まだまだ威蘭に「弁護士」っていうものは効き目があると分かっていたもの。私はレパントのアズラッグの目のようだった父の目を覚えていたもの。

私は分かっていて、国民は今更分かるんでね。今もまた私はあの六十人の集まり以外誰も分からない物事を分かってるけど…

アリアクバル・デーフォダ

自分の新聞に載せた友達への手紙

一九五六年

Allame-Dehkhoda

広告

赤いバラに一本の白いユリ

標準

 

hugo_chavez1

 

あなたがいない世界に生きていくことになって、

淋しいね

苦しかったのに、何ヶ月も癌と戦って、生きてくれて

ありがとう

あなたに生き方を教えてもらって、

更に死に方も教えてもらったね

全て本当にありがとう、

あなたを一生忘れないよ

立ってくれた心強いものよ

072007062902photo_685