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The Quiet World 静かな世界

標準

 

著者 : ジェフリー・マックダニイェル

翻訳家 : 甘味屋

PDF : The Quiet World

 

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静かな世界

 

人々がもっと

お互いの目の中を見るように

そしてミュートをなだめる為に

政府はこう決めた

百六十七の言葉を一人ずつに

許すこと、一日に

 

電話が鳴ると、「はい」とも言えずに、

受話器を耳に当てる、店に入ると、

チキンヌードルスープを指差す

今日もよく言葉を調整している

 

夜遅く、遠距離の恋人に電話を掛ける

言葉を五十九しか使わなかったと誇り高く報告する

残りをあなたの為に貯めたと

 

彼女が返事しないと、

言葉を全部使ってしまったと分かる

だから、ゆっくり「愛してる」と囁く

三十二回、そしてもう一回

その後、電話を切らずに、

お互いの呼吸を聞く、黙々に

 

 

The Quiet World

 

In an effort to get people to look

into each other’s eyes more,

and also to appease the mutes,

the government has decided

to allot each person exactly one hundred

and sixty-seven words, per day.

 

When the phone rings, I put it to my ear

without saying hello. In the restaurant

I point at chicken noodle soup.

I am adjusting well to the new way.

 

Late at night, I call my long distance lover,

proudly say I only used fifty-nine today.

I saved the rest for you.

 

When she doesn’t respond,

I know she’s used up all her words,

so I slowly whisper I love you

thirty-two and a third times.

After that, we just sit on the line

and listen to each other breathe.

 

 

仲間

標準

 

 

著者 : サーデグ・チュバック

翻訳家 : 甘味屋

PDF : 仲間

 

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仲間

 

二名が一名よりいい。なぜかというと、苦しみに対する為にいい報いに恵まれるのである。一名が落ちてしまうと、他の一名はまた立たせて上げる。しかし、独りになってしまったのは、しょうがあるまい。なぜなら、立ち上がりに手を貸してくれる者は無し。

「コヘレトの言葉」から

 

昔々、二頭の狼がいました。幼馴染の友だちで、獲物を手に入れると、それを一緒に食え、同じ洞窟に棲んでいたのだ。ある年、冬が忍耐辛くなり、狼達が飢饉に襲われるほどの雪が積もった。雪が止むのを待ち、数日を洞窟の中に過ごして、また狩りに行けるようになるまで前に狩っていた獲物の残りを全部食った。でも、雪が止まなくて、彼らは仕方なく狩りに原へ行った。が、どんなに探っても、食えるようなものは見つからなかった。雪は止みそうもなくて、おまけに日も暮れつつあった。寒さや飢饉のあまりに、狼達は進むことも帰ることも出来なくなってしまった。

もう歩けなくなった、その一頭は「村に出るしかないぜ」と言い出した。

「村に出るって、殴られ、潰される気?」

「麓にあるあの大きな畜舎がに行って、羊を一頭、誘拐して逃げるんだ」

「お前の頭がどうかしてるようだな、こんな雪の夜に畜舎が監視されないはずがないだろう、行くと、棒に潰されるんだ」

「あのね、お前は臆病なんだ、飢饉に苦しんでる奴はそんなことを怯むんじゃないぞ」

「親父さんがどう死んじゃったかを忘れた?素人な猫泥棒みたいに畜舎に這い込んで、やられたんだ」

「また父さんの話をしやがって、父さんに関係ないだろう、俺も貴様の親父の話をして、よろしい?ロバの生まれ変わりで、鈍間な人間に飼い慣らされ、村で鶏などの番犬をさせられて、最後に食い物をもらわなくなって、餓死して、くたばり、狼に恥を掛けやがったって忘れていないだろうね?」

「親父がロバの生まれ変わりじゃなかったんだ、それどころか狼の中で一番賢明だったぜ、今の時代でも人間が狼に信用していたら、俺だって人間と一緒に暮らすことにしたはずだ、人間って逞しい見方がいて、何が悪い?お前は村に出て、己の首を村の飾りにでもさせたいのなら、どうぞ勝手に」

「俺はもう駄目だ、歩けないぞ」

「へえ、マジでくたばりかかけているようだな、この体力のぶんざいで村に出るつもりだったのかい?」

「ああ、惨めに死にたくなくてな、息が残るかぎり雄らしく生きていて、我が獲物を人間の手から取り戻したかった」

弱まった狼は、こう言って、倒れ、動けなくなった。彼の仲間は、彼が倒れたのを喜び、回りを歩いたり、鼻面を毛の中に入れたりして、いくつのところを噛んだりもした。倒れた仲間は、友の行為に非常に驚き、「いったいなんの真似だ?どうして齧るんだ?」と苦しそうに行った。

「恥知らずな奴だな、今じゃなければ、友情がいつ役に立つと言うの?お前は大切な友のためにわずかにも献身しないと、馬の骨に過ぎないじゃない?」

「献身って?」

「お前はどのみち死ぬだろう。せめて己を俺に食わして、生き残らせてくれよ」

「俺を食う気?」

「ああ、お前じゃ、いいじゃないか」

「でも、俺たちもの長い間の友人だろう」

「だから献身するべきだと言ってんだ」

「だって、俺もお前も狼だろう、狼が狼を食う?」

「いいじゃない?今までそんなことがなかったとしても、俺が先次の世代も習うように駆者として始める」

「でもよ、俺の肉が死の匂いがするぞ」

「まったく、俺が餓死するところだよ、死の匂いって気になるものか?」

「じゃ、俺をマジで食う?」

「当然だ、食わない理由は無し」

「じゃ、一つだけ頼む」

「何だ?」

「俺が死ぬまで待ってくれ、俺が死んでから、好きにしろ」

「まったくお前という奴、どんなにお前にいいことをしても、恩知らずのままだな、俺は献身して、友情を見せるために貴様を死んでいないまま食うのだ、そうしなければ、お前の死体が余って、ハゲワシに食われると知らないのか?それに、お前が死んだら、肉が臭くなって、吐き気がする」

こう言って、狼は仲間の腹を噛み切り、肝と心臓を温かいまま飲み込んだ。

おしまい

 

結論・この話のお蔭で習うのは、菜食主義を選ぶ、あるいは腐った肉を食べてはいけないということです。

 

 

 

 

 

 

 

なんか新しい話

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著者 : ファテメ・ナイェレ・デフガン

翻訳家 : 甘味屋

PDF : なんか新しい話

 

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なんか新しい話

 

 手か足を切断されていたら、構わないことで、打たれた榴散弾や弾も気になっていなかった。ボロボロな体で地雷原の真ん中に落ちていなかったかのよう。ハサンが呻くのを見ていた。

 弾が残るだけ討ちつづけていたのだ。どの方向にでもよかった。八方から、弾がやってきていたから。動くどころか、呼吸する力さえも残っていなかった。サッカーの後に、サッカー場のそばに座っていた時のようだった。友達の汗まみれの顔や喘ぐのを見て、微笑んでいた。尽力を尽くして、呼吸が収まると、唾で手を濡らし、肘や膝の傷に付いた砂を奇麗にしようとしていた。しようとしているだけだった。と言うのは、鋭い痛みを避けるため、傷を触れていなかった。傷の縁を奇麗にするばかりだった。

 あそこでも、傷に付いた砂利を奇麗にできなかった。ただクーフィーヤをもも脚の回りに包み、一手と歯で結んだ。クーフィーヤは血でびしょびしょになって、いよいよ出血が止まった。でもはさんの脚から血が流れていなかった。熱い榴散弾が血管の口を燃やしていたから。すりおろされた肉や皮膚が、血や砂利に汚され、破れたズボンを越えていた。彼は後ろの土壌に背を押して、うめき声を挙げていた。治まることはなかった。彼の前に僕が座っていて、我らの左側に通ってきた地雷原だった。

 勝負の後に、どれだけ疲労や傷を受けても、泣いてなかったということはいいところだったな。たとえサッカーをする間に、誰かを殴ったり、押したりをしても、喧嘩をしてしまっても、勝負がつくと、疲れたにも関わらず、気分が良かったのだ。帰る道に迷子になってしまうこともなかった。が、ここで、迷子になっていた。一人になってしまって。いゃ、一人ではなかった。我らが独りになっていた。僕とハサン。帰る道に、生きている人を見かけたことはなかった。

 いきなり弾丸は地と空を火で結び、自分以外何も見えない状況になった。誰もが避難しようと、ある方向へ走った。が、避難するところなんかどこにもなかった。立っていても、座っていも、同じで、地面か丘の上に備え付けてある銃の的だった。弾丸は地上一寸のところか頭上から途切れなくやってきていた。僕は溝の迷路を走っていた。この溝からあの溝へ、溝はみんな繋がっていた。蛇のように。足の下に何かあるかどうでもよかった。砂利、血、死体の柔らかさ、水筒の凸面、また軍需品の空の箱。僕はただ走っていた。と、弾丸は光っている赤い雹のように降っていた。大きいのがあれば、小さいのもあった。土と鉄の欠片が空に跳んで、落ちいてた。何処でも煙や火薬の匂いに溢れていた。

 僕はただ走っていた。ボールを追っていた時のように。まるで目を閉じて、二個のレンガの間しかが見えていなかった。ボールを撃つまで何も聞こえていなかった。撃つといつも的外れだった。ここでも、溝の両側の壁にしか気を配っていなかった。そして、いよいよ狩られてしまった。弾丸は、一つもも脚を、一つも腕を討った。溝の角に落ちた。

 彼らは夜明けにやってきた。暁が出たばかりだった。仲間達の体が見えていた。イラク人たちと見分けるのが簡単ではなかった。土が皆を同じく彩っていたから。一人が爆風のあまりに腰まで塹壕の壁に飛び込まれていた。溝の地面に死体が重なっていた。足音が聞こえてきた。うつぶせになって、顔を土に入れた。呼吸できるように、口の前の砂利を退かしたのだ。銃声が聞こえた。一発。彼は二三歩進んできた。二発。足音が近づいてきた。去っていったんだと安堵したところで、振り返ろうとしたが、ざわめく音がした。また体を動かずにした。半開の目でハサンが見えた。手が足の代わりになっていた。跳んで、足の残りを前に引っぱっていた。僕のそばにつくと、僕はため息をついた。彼はふと後ろに飛び込んだ。

 くたくたで汗まみれになった二人が、お互いを見た。「行こう」とハサンが言い出した。

 「どこに?」と僕が聞いた。

 「後ろに」と彼は言った。

 と、家に帰る道が分からないということに気付いた。何処から来たんだろ。夜で、周りが見えていなかった。ハサンは帰る道を知っていると言った。僕は一手が完全に無感覚になっていて、痛んでも、動いてもせず、不随意に吊っているだけだった。ある殉教者の下からクーフィーヤを拾って、ハサンに手を首に吊るしてもらった。彼は先に進んで、僕も彼に沿っていった。昨夜の砲撃の雨はもう終わっていた。奴らは休憩しに行ってたんだろう。休んでいる人はけして少なくなかったのだ。彼らの体は溝の地面に落ちいていて。横たわりとうつ伏せのポーズに。埃や砂利に覆われていて。ハサンはたまたま複雑に彼らの間から通っていた。健康な腕で溝の壁に縋って、一足に凭れ、もう一足を前に引っぱった。一歩進むと、一瞬、頭の中が空にでもなったように真っ白になった。体が軽くなって、殉教者になったかなと自分に言い聞かせた。ハサンは寄って来た。

 「どうした?」

 「お前は行け」

 目を開くと、星が見えた。真っ黒で星に溢れている夜。ある手に水を顔にぶっ掛けられていた。ハサンは行っていなかったのだ。どこから水が入っている水筒を見つけ、夕暮れになって、涼しくなるのを待ったのだ。そして、僕に意識を取り戻させると、夜になったという。彼は前に出て、僕が後に沿って行った。真っ暗だった。足が絶えずに、何かに引っかかっていた。いよいよ溝の果てに着くと、「どうやって登ろうか?」と聞いた。

 一手が首に吊っていて、健康な足を動かすのも苦しかった。銃剣で溝の壁に穴を開けてみた。砂利なんかに信用できるわけがない。登ろうとすると、崩れてしまう。ハサンが座って、背を壁に押した。彼の肩に足を置き、手で壁の上を捕まえて、登ろうとした。と、激痛が肩、胸や腰を走った。登って、塹壕のそばに横たわり、彼の手を捕まえようと手を伸びた。が、手が辿らなかった。溝に滑るところで、引っ込んだ。

 少し溝の中へ傾いた。ハサンは嗚咽していた。なぜかが分からない。僕か自分に哀れんでたのだろう。どちらにしても、千年間も止められた泣きでもいきなり噴出したようだった。

 「手を差し伸べろ」と叫んだ。

 彼の手を捕まえると、引っぱって、なんとなく彼を溝から出した。胸から泣きが噴き出ていて、彼は母にでも死なれたように悲鳴を上げていた。当然、話せていなかった。声が出ず、息までが詰まってしまうところだった。彼の耳を精一杯殴った。

 僕たちは原の際にいた。ハサンの言葉で言うと、眠っている地雷に溢れている原。僕は、地雷を解除することなんか出来ていなかった。習ったことはなかったもん。「お前は?解除できる?」と彼に聞いた。

 彼は先に行って、僕は後を追った。じゅうけんを地面に刺し込んだり、出したりしていた。土の中から地雷を出すと、毎回も額を地面に置いて、泣いていた。止めろと言っても、止めていなかった。やっと地雷原を通った。日が完全に出ていた。ハサンは土壌の重なりに寄りかかって、もう駄目だと言った。僕も彼の前に座った。陽射しが辿ってきていた。

 「俺をあそこで放っといていたら、お前は今ここにいなかったはずだよ」と彼に言った。

 「放っとけば、よかった」と彼は言った。

 また始め出した。肩が振るえ、涙が頬を覆った埃を分けて、息が胸に詰まったり、出たりしていた。数人の人が僕たちの方へ来ていた。

 「いい加減にしろ、ほら、つい見つかったんだ、こっちに向かってくるぞ」と彼に言った。

 「来ないといいな。俺はあいつらに付き合って行く気はない」と彼は言った。

 と、手を使って、地雷原の方に振り返った。僕は飛び込んで、彼の手首を捕まえ、「いったいどうなってしまったんだ、お前は」と怒鳴った。

 と、彼は話してくれた。溝の中に、彼に一番近い死体は友人の死体だったんだって。手が僕の手に辿るように死体を引っぱって、その上に座ったんだって。穏やかにこの話をしていたのではない。呻いて、嗚咽して、言っていたのだ。足を無くしたにも関わらず。

おしまい

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我が国の産婆

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著者 : レザ・バラへ二

翻訳家 : 甘味屋

PDF: 我が国の産婆

 

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『我が国の産婆』

 

朝起きたのは、「カラム」が枕のそばに置き、信用深く掛け布団を上に掛けた「チェゲル」の羽にくすぐられたからだ。チェゲルが動くと、その羽や翼が私の顔に触れて、ついにそれで起こされた。

まだ疲れていて、眠かった。昨夜の赤ちゃんが遅くて、ずいぶん困らせてくれたが、嬉しかった。半分黒くて、半分茶色の、大柄の男の子で、その顔を僅かに叩いてみると、手足をクリーバーにでも切断されたように大げさに泣き出した。妻帯を切って、赤ちゃんを洗って、母のそばに敷かれている、奇麗なタオルの上に置いた。そして、母の頭を上げて、肘窩に乗せた。女はなんて明るい、青い目を持っていた。銅の丸のような顔をしていた。あの桃色で奇麗な、トルコマンの顔。大柄の女だったが、若くて、年が十七か、十八を過ぎていなかった。しかも、これは彼女の二人目の赤ちゃんだった。私の顔をじっと見ている彼女の、痛みで歪んだ唇に、油や樹液の生温い飲み物の椀を近寄せて、彼女に飲ませた。彼女はその半分を飲んで、手で椀を押し返し、頭を枕に落とした。白い枕の上に散った彼女の髪は純粋にブラウンだった。

彼女の旦那は、気楽でのんびりな人に見えていた。ウォッカの大きなボトルを手に持っていて、二人目の息子に乾杯していた。「じいさん、私の世話をみな。もう帰るから」と言うと、彼はポケットに手を入れ、二十トマンの紙幣を出して、綿の掌に置いた。そして、じっと私の目を見た。なんて青い目。なんて妻の目に似ていたな。従兄弟同士だろうな。二十三、四歳の若者だった。私のカラムより、七か八歳年上だったが、背が四本の指だけ彼より高かった。私のカラムは背が高いから。兵役をしたアヤズは父親似で、ちょっとずんぐりしているけど、力が非常に強い。いつもカラムを頭の上に上げて、地面に落とす。カラムは仕方がなく、後ろからアヤズの下半身を掴んで、押ししめる。アヤズが絶叫して、苦しみ、足で蹴ろうとする。と、肌や骨しか残っていない、姑が、笑い出す。彼女は、昔、胃の半分を手術で失くして、普段、主人の兄弟の家に住んでいるのだ。こんなことで姑は一日も笑う。上機嫌で勇敢な女なのだ。路地に迷って、笑い出す。息子の頭に紅茶を零してしまった時も笑い出す。主人が怒って、あらゆるものを罵りはじめる。主人が自分の悪い運命や母を罵るのをやめるまで、彼女はずっと笑う。主人によると、彼女は一度、屋上に寝た時、真夜中に寝返って、落ち、足を折られたという。皆は彼女がもう死んじゃったと思ったが、彼女は気楽に笑っていただけで、狂ったんじゃないかと、思った人もいたそうだ。死に際にも笑うのだろうか。

金曜日だった。窓のガラスの後ろから、カラムの鳩達の籠に傾いている、兵役の制服を着たアヤズを見た。カラムは手を鳩で満たして、籠から出していた。カラムは、雪の積もっている真冬に、襟の開いたシャツと薄いズボンを見につけ、屋上に行っていた。雪が昨夜積もったんだ。なんてすごい天気。でも、朝から晴れていた。なんて鮮やかな陽射し。雪がチラチラと輝いていた。

チェゲルに傾いた。なんて不思議な生物なんだ。なんていい動物。雌の鳩は、何か特別な匂いをして、人を陶酔させるんだ。嘴の先は人の爪の端と同じ色で、その色がちょっと濃くなっている。そして、その無邪気な目が、二つの優雅なボタンのように動いている。心臓が厚い羽の向こうに怖がって激しくドキドキしている。心配になって、立ち上がった。窓を開けて、カラムを呼び出し、チェゲルを飛ばして放った。離せない生物が翼を叩き、そしてもっと強く叩いて、多角へ飛んでいった。カラムはもう一羽の鳩を飛ばして、二羽の鳩が一緒に飛びはじめた。「まったく、鹿みたいだぞ」カラムは言った。と、アヤズは「お前は狂っているんだ、狂ってる」と彼に返した。私は窓を閉めて、もう彼らの話が聞こえなかった。

朝は、なんて家が寒かったな。地階に行って、薪を三、四本持ってきた。地階の方が暖かかった。けど、洞窟みたいで、淋しさの湿っぽい匂いに溢れていた。薪をストーブに入れた。一枚の布を石油のバレルに入れて、ストーブの中に捨てた。石油の匂いは妙な鮮明さがある。マッチを擦ると、燃えた硫黄の匂いも鮮明だった。マッチをストーブの中に投げて、そのドアを閉めた。ゴロゴロの音が立ち、石油が燃えてしまうと、薪の燃えるパチパチの憂鬱な音だけだった。薪が燃える音があまりも淋しくて、気分が物憂くなった。ストーブの穴の向こうから、炎が人と話をするのだ。アヤズとカラムがドアを開けて、入り込み、共に雪や風を部屋に入らせた。ふと肩が振るった。カラムがじっと私の目を見た。

「また泣いてるじゃないか、お母さん。おばあちゃんのことを思い出したの?」

そう言って、私の頭を撫でた。なんて冷たい手。時に、人は誰もを思い出さず、理由も分からず、泣くんだってことを、どう息子に説明すれば、いいんだろう。ただ深くて、柔らかくて、生温い、春の陽の光みたいな点が心の中に現れる。けして悪い感覚ではなく、それどころか嬉しい感覚で、泣かすものではないけど、人はつい泣いてしまう。アヤズは前に出て、手を私の顔のそばに置いた。私の目は彼の手の中にあるような感じだった。なんて父の若い頃に似ているな。あいまいで縁起の悪い感覚を受けた。三十年若くなって、主人も三十年若くなって、私は彼の家に来たばかりの時だったような。目が乾いているようになったが、妙な感じに息子のアヤズの顔をじっと見させられていた。アヤズも呪われているように、私が見えないように私を見ていた。私の目を通って、別の人に会おうとしていたように。

「また、愛しくなったね」とカラムがすごいヤキモチを焼きながら、言った。顔をアヤズの手から離して、立ち上がった。部屋は完全に暖かくなっていた。

「座りなさい。朝御飯を用意するから」と彼らに言った。

部屋を出た。なんでこんなに目眩がするんだろう。朝からの、不気味な予感は何だろう。けれど、罪悪感を感じていなかった。固形油をスプーン一枚、冷たいフライパンに入れて、フライパンが段々温かく、そして熱くなって、スプーンのくぼみの形をしている油が徐々に溶けて、広がって、もう形ではなくなる、そういう感じ。私は、もうすぐ溶ける温度になった瞬間にいた。カラムとアヤズはどう考えているんだろう?主人は、私がこんな感覚を感じたのを知ったら、何を言うんだろう?妊産婦達は?でも、他人の言うことが大事なんだろうか?それに、私自身が理解できない感覚を他人が理解できるはずはないのだ。けれど、他人が自分よりよく分かる物事がある。

固形油をフライパンにのせ、温めた。そして、固形油が溶けたとき、四つの卵をフライパンに炒めた。熱くて冷たい、油の中に焼ける鮮明な卵の匂いが漂った。塩を掛けた。主人が朝、出かける前に、サモワールを点けて、紅茶を用意していた。サモワールを取って、ストーブのそばに運んで置いた。それから、クロスを敷いて、温かいフライパンを部屋に持っていった。座って、サンガクのパンに目玉焼きをいっぱい入れて、カラムの方へ行き、目玉焼きとパンを無理矢理に彼の口に入れ込んだ。と、彼は手で覆っている、焼けた口で「口が焼けたよ、お母さん、口が焼けた」と悲鳴した。

「嫉妬深い人は、口だけじゃなくて、鼻も焼けるべきよ」と彼に返した。アヤズは笑い出して、クロスの前に座った。私も座って、カラムもクロスの前に来て座り、朝御飯を食べ始めた。

幸福な母親とは、私のことだ。神様は、十年間も子供を授からなかってから、二人の息子を授かってくださった。一人は十八歳になって、もう一人は十四歳になっているのだ。それ以来もう子供に授けなかった。私の仕事は、赤ちゃんを産ませること。母も同じ仕事をしていた。この仕事を彼女に教えてもらったのだ。彼女も自分の母に教えてもらっていたのだ。後で、国立病院の助産師のもとに働いて、しばしば女性の体に関わる知識を得たのだ。その知識はあまり役に立たなかった。たまに妄想させるだけだった。

赤ちゃんがどう生まれるのかを初めて見たのは、十二歳の時だった。それを忘れたことは一度もない。母は、大柄で肥満な女に「呼吸して、力を入れなさい、呼吸して、力を入れなさい」と叫んでいた。女の脚の間から血や血漿、ときに水が出ていた。彼女の脚が完全に開いていて、力を入れすぎると、内臓や腸が脚の間から出てしまうような状態に座らせられていた。そして、なんて温かい赤い顔をしていた。時には悲鳴を上げて、時には唇を噛んでいたが、とにかくまず呼吸して、そして力をいっぱい入れていた。私と母は、女の開いている腿の前に座っていて、一緒に血や血漿を拭いていた。母は息を止めて、私は何を待っているんだとよく分かっていなかった。そんな時に、奇跡が起こった。女のあそこの周りにもう一線の皺、更にもう一線の皺が現れ、現れた皺がもとの皺と混じった。母が「力を入れなさい、力を入れなさい」と叫んで、女は力を入れて、更にもっと力を入れると、もう一線の皺、そして何線の皺が現れ、その絡んでいる皺が、生まれる赤ちゃんの頭や顔だと分かった。神様よ、なんてすごい奇跡なのだ。いよいよ赤ちゃんの体が出た。母の手の中にいて、赤ちゃんが泣いていた。と私は、閉まりつつあり、皺が血まみれになった、肉質の空の穴の中をじっと見ていた。そして、胎盤が出た。なにか不思議な物、血の塊。そして奇跡の穴は、肉と肌でできた、血まみれの扉を閉めてた。

その後も、何度もその奇跡を母と一緒に観て、けして満腹感を感じなかった。母が死ぬと、助産師になると、町の人々に頼まれた。主人には前に奥さんがいて、出産のとき亡くなってしまった。その夜、彼は非常に泣いて、とても可愛そうだった。翌朝、私に結婚を申し込んだ。けして仕事を辞めさせられない条件で、二、三週後、彼の妻になったのだ。彼は条件に応じた。主人はいい男だ。苦情などない。後で、実力のお陰で、巡礼者の管理庁長官になった。これよりめでたいことはあるのだろう。けど、私はあの奇跡に憧れている。

昼、主人は、帰ってきた時、何もする前にまずアヤズとカラムと懸命なレスリングをした。帰った途端、外套とコートを脱いで、コートフックに投げ、アヤズに声を掛けた。

「よし、前に出ろ、チャンピオン。軍事基地で教わった技を見せてみろ」

「軍事基地は体育館と違うだろう」

カラムが前に跳んで、「お父さん、僕とレスリングしてみろ、勝つと言うなら、レスリングしてみろ」と挑戦した。

主人は「いや、君が怖いんだ。俺の技を全て知ってるから。でも、アヤズは技なんか分からないんだ」と上機嫌に答えた。

「カラムが技を分かってるって?こいつは、チェゲルを飛ばして、他の放鳩者の鳩を誘惑させる以外に何も分からないんだ」とアヤズは返した。

「ずる賢いあなたも女の子達を誘惑させるじゃない」と私は言った。

「この」と主人がアヤズを襲ったが、アヤズは攻撃を避けて、父の後ろに行き、彼の腰を捕まえて、上げようとした。けど、主人の脚は地面に根を張ったようだった。手を上げて、アヤズの頭を捕まえて、引くと、アヤズは鞭みたいに飛んで、主人の前に落下した。

「君たち三人を相手にしても、いいぞ」と主人は挑戦した。

私は笑って、「あなた、私はいつからレスリング選手だというの?」と返した。

主人は息子達に向かって「どの側が勝つのか見てみようじゃないか?君たちとお母さんが勝ったら、お母さんをメッカに連れて行ってあげるぞ」と言った。

私は「これもまた守る気のない約束でしょう。あなたは明後日、出発するじゃないか?どうやって、私を連れて行ってあげるつもりなの?」と言った。

「俺は巡礼者の管理庁長官だぞ。二日で旅券をもらえないとでも言うの?」

「大丈夫さ、お母さん。挑戦を受けてみよう」とアヤズは言った。

カラムは「よし、お母さんは応じた」と言って、構えて、父を襲った。私に代わって、決めたり、話したりするのはカラムの習慣だった。もう私の後見人になるのを習っていた。

アヤズはカラムを応援して、主人を襲った。私も主人の方へ行って、敏感なところをくすぐり始めた。主人は笑って、私から離れたり、息子達をあっちこっちに投げ飛ばしたりしていた。彼を離れて、息子達がかかっていくと、私もまた主人をくすぐっていた。とうとうカラムは彼の一足を捕まえて、アヤズももう一本の足を捕まえ、皆で彼を転覆させた。主人は降伏した。

彼は立ち上がったとき、喘いでいた。「お母さんをメッカに連れていってあげるべきだぞ。自ら挑戦して、負けたんだから」とカラムは言った。

主人はコートを持ってくるとアヤズにサインした。そして、私を見て、ウィンクした。彼の目はずる賢いさに満ちていたのだ。

「俺は理由もなく負けると思ってるんだい?そう思う?俺は理由もなく負けてしまう?」

アヤズはコートを父に差し渡し、待ってみた。主人はポケットから、旅券を出して、カラムに渡した。

「読んでみろ」

カラムはそれを読んで、私にトルコ語に訳してくれると、私は夫の方に飛びこんで、彼にキスしたりした。子供の前だというのに、ちっとも恥ずかしくなかった。

「考えてみて。万国から、来た人々が巡礼して、私も巡礼の白衣を着て、石を投げる儀式をしている。それとも、大勢の中に迷って、あなたを探している」

「お母さん、お父さんじゃなくて、神様を探す儀式の巡礼だぞ」とアヤズは言った。

「私は探したい人を探して、必ず見つけ出すの。私はこの町の助産師よ。助産師とは探して、見つけないわけにはいかないわ」と私は返した。

「もうでたらめ言うなよ。一刻も早く準備をしといて。ここ三週間は産む妊産婦がいないだろうね?」と主人は言った。

私はよく考えて、「一ヵ月後までいないと思うよ。けどエスマットに話して、彼女に妊産婦達を訪ねてもらわなくちゃ」と答えた。

「明日は準備を完了するんだよ」

なんていい。なんて嬉しい。一羽の可哀相な鳩が窓の向こうに座ってきていた。寒さに竦んでいた。カラムはまだ鳩が見えていなかった。私は後ろ歩きして、窓のそばに行った。何こともないように皆を見ていたが、二つのことにしか考えていなかった。メッカと鳩。窓を恐る恐る開けて、部屋の中を襲った寒さが私の意図を皆にばれせさてしまうのが心配だった。鳩はちょっと動いたが、飛んでいかなかった。非常に寒くて、そういう力が残っていなかった。手を鳩の方に伸ばすと、従順に私の手の中に来た。神様よ、なんて寂しい鳥。なんて寒がっていた。窓を静かに閉めて、鳩を胸に抱き、その脚の柔らかさを胸の間に感じた。毛が立った。なんて優しい。服を鳩の上に掛けて、暖めてあげた。そして、徐々に部屋の真ん中に行った。服の下にクークーして、ばれさせてしまうのが心配だった。主人と子供達が傾いて、昼御飯の準備をしていた。クロスは敷いてあり、真ん中に大きな大皿が置いてあった。私はそれを取って、中に鶏の料理を入れ来て、クロスの上に置くべきだった。クロスに近よって、少し力が入った鳩を大皿の上に置いた。鳩は立って、一瞬ためらって、回りを見た。主人とカラムとアヤズは、皆で鳩のほうに飛び込んだが、鳩は先に飛んで、座る場所を見つけなくて、私の肩に座ってきた。三人ともは立ち上がった。唖然としていたのだ。

「どこにいた?僕の鳩なの?」とカラムは聞いた。

「どこから来たんだ?窓が閉めてあるじゃない?」と主人は聞いた。

「お母さん、今度は鳩に産ませ始めたの?」とアヤズは言った。

私は手を伸ばして、鳩を取り、カラムに渡した。

「はい、あなたの鳩じゃないけど、上げるよ、メッカのお土産として」

「いいメッカの巡礼だな。お土産は手持ちの現金だ」とカラムは言った。

鳩にエルナズを名付けた。なんて可愛い。主人が名前を選んだのだ。彼はトルコの上品な名前を選ぶのが上手だ。言えば、チェゲルとエルナズは主人の娘達なのだ。

 

夜は夢を見ていた。それもなんて夢を。深い穴に、真っ赤な肉でできた穴に手を入れて色んな色の鳩を出していた。鳩を嗅ぐと、赤い肉質の穴の匂いをしていた。なんか誘惑させる不思議な匂い。鳩達を空に飛ばしていた。空は愕然とさせる特別な色になっていた。写真をしか見ていない、モスクのドームの色。あの肉質の赤い穴に口をつけて、呼びかけていた。誰を?分からない。「お出で、お出で、会いたい、お願いだからお出で、お出で、会いたいの」と言って、穴のドアにチューをしていた。あのドアは、海の匂いと味をしていた。我らのシャラフカネ港の匂いをしていたかも知れない。なんて不思議な状態。なぜか、罪悪感を感じていなくて、恥ずかしくもなかった。なんて自由になっていた。舐めた塩のせいで、唇も酸っぱい味をしていた。舌で唇を舐めていた。肉質の穴の匂いが塩漬け肉の味に加わって、海苔の匂い、それとも女性のあそこの毛の匂いに似ていた。そして、また口をあの肉質の穴の一つにつけて、叫んでいた。それも、何て高い声。なんて興奮していた。興奮のあまりに汗まみれになって、毛が立っていた。なんて激しい陶酔。「お出で、お出で、会いたいの、お願いだから、お出で、お出で」。呼びかけることだけは楽しくて、興奮させるに充分だったようで、穴の中から誰かが来て欲しくもなかった。そして、手に鳩を乗せて、雌の鳩を全て乗せて、掌を空のほうに上げて、家の屋上を全部、鳩の羽で覆わせていた。そして、また肉質の扉の巡礼に行っていた。カラフルで湿っぽい廊下に入って、「お出で、お出で」と呼びかけていた。と、大勢の裸の女性が見えてきた。はたして彼女達は何処から来て、何処に行っていたんだろう?彼女たちの脚や脚の後ろは、なんて柔らかかった。歩くときは、誰かを起こすのを避けようとするように、それとも自分が起きてしまうのを避けたいように歩いていた。団体に次いで団体、百人に次いで百人、二百人に次いで二百人、千人に次いで千人、みんな裸で、無口に歩いていた。まるで夢遊病状態に歩いているようだった。みんな同じ大きさの顔をして、平等に麗しかった。トルコマンの膨らんだ頬や、サバランの鮮明なハチミツの色をした、青い目。私は「お出で、お出で、会いたいの、お願いだから、お出で」と叫んでいた。と、女達は、スワンの羽のような脚の後ろやハチミツの色をした無邪気の目をして、通っていた。世界は裸の女、自由な女に溢れていた。

そして、夢の環境が変わった。トラックの中に、色んな大きさをしている小石の上に座っていて、どこかに向かっていた。何処に?分からない。トラックを運転していたのは主人だった。あそこ、遠くに、大変の状況になっていた。小石を全て悪魔に投げる予定だった。女性に男性は巡礼の白衣を着て、皆なんて若くて、奇麗な顔をしていた。みんな同じ年で、顔が似ていた。女と男は同じ性なのようだった。が、どの性なのか、分からなかった。頭の上に、カラムの鳩達が五百、六百羽の群れになって、空を飛んでいた。カラムはどこから、こんなに鳩を手に入れたのだろ。その後、主人が見えた。高いところに立っていて、光っている男と一緒にナツメヤシを食べていた。粘っているナツメヤシ。光っている男のそばに立って、一緒にナツメヤシを食べるのが、なんて主人に似合っていた。次は亡くなった母を見た。産石に粘って、それを貫いて、入ろうとしていた。石はまるで裸だった。写真と全然違っていた。真っ平で洗練された大きな石で、縁が上手に削られていた。母は、石が石ではなく、ガラスで、その後ろに読まなければならない秘密が書いてあるように、顔を石につけていた。次の瞬間に石は地面の上ではなく、宇宙に浮かんでいっていた。けれど、行くか来るか区別されていなく、ただの黒い幾何学的図形で、何処にも辿らずずっと落下していた。そして、鮮明な血の匂いが漂ってきた。下に、虐殺された羊達があって、メッカの日の下に、死に誘惑された青い目をしていた。巡礼するときは、観覧車に乗っている感じがした。観覧車は激しく走って、私は不安のあまりに、笑ったり、怖がったりして、叫んで、笑い、回るのではなく、まっすぐ前に飛び込みたかった。光よりも声よりも早くて、空に浮かぶ石に突っ込む槍のように。その後は、落ちかけていた。何処からか分からない。頭や足の方向が分かっていなかったが、ずっと落ちていた。そして、落ちるままに、胸を強く蹴られる感じがした。神様よ、なんて残酷で強い蹴り。このように殴られたことはないのだ。

ふと起きた。主人は提灯を灯して、部屋を出ていた。扉の音が聞こえていた。なんて不気味な音。ドアが握った券に叩かれていた。もはや半時間も叩かれているのだろう。なんて強い拳。痛くないのかな。

そして、主人がドアを開けたのが聞こえた。男性的な高い声が聞こえた。と、主人はドアを閉めずに、戻って来た。提灯の光は、主人の柄を巨人のように壁に映していた。

「アイェ、アイェ、起きるんだ。アイェ、君に用があるんだって」

「起きてるよ。あなた、何のことなの?」

「起きろ。二人が君を連れに来ているんだ。妊産婦がいるらしい。遠いところなようだ。馬に乗って来てる」

「馬に乗ってきてる?近所に助産師がいないの?」

「一、二人のところを訪ねたけど、用事があって、世話を見れなかったて。はやく起きろって。非常に寒いぞ。妊産婦を待たせるわけには行かないだろう」

「あなたも一緒に来るの?」

「ううん、俺が行く必要はないだろう。いい人たちなようだ。かっこに見ると、素直な人に見える」

ウールの服を身に付けて、主人が持っているカーディガンを着た。ウールの靴下を履いて、チャードルを被った。主人は提灯を手に持って、ドアまで来てくれた。ドアの向こうに、二人の背の高い男が立っていた。顔が見えていなかった。彼らの口から出る息が、馬の息と混ざっていた。なんて男っぽい姿勢。こんな大柄の男を見たことはなかったのだ。

三頭の馬を持っていた。三頭も鞍や手綱に備わっていた。馬たちも大柄だった。体から湯気が立って、時に脚で地面を蹴ったり、蹄で雪を掘ったりしていた。何もかも、まだ起きていなく、夢を見ているようだった。

主人に馬に載せてもらった。主人は私の足を鐙に付けてから、こう言った。

「これは手綱だ。放すんじゃないよ。体に気を付けろ」

「行って来るね」

「ああ」

主人は、私が男達と約束でもをしていたような態度を取っていた。こんな夜中に、なんて疑惑を。

男達は甲高い声で、主人にさようならと言った。彼らの声の奇妙さは、夜や雪、暗闇のせいだってことにした。馬たちの頭を逆の方に向かせて、出発した。私は真ん中の馬に乗って、一人の男は私の後ろで、もう一人は私の前に行っていた。たまに、馬の蹄は、雪に覆われていない石に触って、蹄の音が立っていた。路地に誰もいなかった。路地の先に辿ると、前の馬に乗っている男は馬を降りて、私の馬のほうに来た。後ろの男も馬を降りて、私の方に来ていたのだ。何で?馬から降ろされた。夜は雪に呑まれていたのに、男達の顔が見えていなかった。一人の男は、ポケットからハンカチを出して、私の後ろに行き、ハンカチで私の目を覆った。「どうしてこんなことをするの?私に何をするつもりなの?これを開けてよ」と言って、手をハンカチの方に上げた。

男達の一人が、私の手を掴んで、力強く下した。

「怖がるな、助産師。あなたに何もしない。ただ、どこに行かくのかを知ってほしくないんだ。無事に家に連れて行ってあげると安心しな」

「目を開けてくれないでょうか。誰にも話さないと約するから」と私は行った。

「誰かに話したら、我々はそれが分かって、あなたを殺してしまうぞ」と二人目の男が返した。

「どうして?私は赤ちゃんを産ませるんじゃないの?」と私は聞いた。

「ああ。あなたはただ赤ちゃんを産ませるんだ、それだけ。その後、ちゃんと家に連れて行ってあげる」と二人目の男は答えた。

「じゃ、なんで私の目を覆うの?」と言った。

「それは後で分かる」と一人目の男は言った。

それ以上、もう何も言わなかった。泣きたくなっていた。私が泣いてると彼らは知っていた。目を覆われる以外、苛めらることはなかった。一人は私を上げて、馬に乗せ、手綱を手に持たせて、私の足を鐙に付けた。神様よ、この人たちは私をどこに行かせるの?彼らは、私に方向を知られないように二、三度も馬たちを回転させた。まずはしばらく下り坂を進んで、そして上り坂をのぼって、また上り坂をのぼって、風は正面からやって来て、私の顔や体を強く殴っていた。たまに、手綱を放して、ハンカチを開け、どこに行くのかを見ようと思っていた。けれど、私が乗っている馬は真ん中の馬で、することを後ろの男に見られるはずで、周りを見させてくれるわけがなかった。怒って、脅しを実現するかも知れないし。もう町を出て、街の周辺の荒野に馬を走らせるようだった。馬たちが早く走っていたのだ。馬の動きが楽しかったが、心配だった。主人は一緒に行ってあげると提案していたら、よかった。ある丘を上って、山道なようなもの細い道に入った。上り坂を上っていたのだ。馬たちは蹄が石を強く触って、喘ぎながら、道を上っていた。一時間ほども上り坂を上って、馬たちはもう苦労して歩いていた。赤ちゃんを山の頂上に産む人って誰なんだろう。ずっとまっすぐに座ったせいで体はもう鈍感になって、手綱が手の中で凍っていた。が、私の馬は前の馬を追って、進んでいた。背中に目を覆われた可哀相な女が座っているんだと、馬も知っていたんだろう。山の上に辿って、馬たちは苦労せずに平らな細道を、多分崖の際を曲げて通りながら進んでいた。いよいよ馬たちが止まって、二人の男は馬を降りて、私をも馬から降ろした。目を覆われたまま家の中に連れて行かれた。不思議な賑やかさが聞こえていた。オムレツと薪の火で温まった油の匂いが漂っていた。女性の声なんか聞こえていなかった。私が着く前に、赤ちゃんが生まれたかも知れない。でも、赤ちゃんの声も聞こえていなかった。男達はひそひそ話をして、妊産婦の呻きなどがまったくなかった。チャードルを被ったまま、立っていて、何をするべきかを言われることを待っていた。恐怖に包まれていた。

「助産に何が必要なんだ?」と一人の男が聞いてきた。

「まずは妊産婦に会いたい。ちゃんと診ないと」

「診に会う必要はない。四日前から産もうとしている。四、五日も遅れていると言いかねない。あなたはただ何が必要だと言っておけばいい」

「他の助産師に妊産婦を診てもらっていないの?」と聞いてみた。

「ううん、勝手に産めると思ったら、昨日やはり一人で産めないんだと判断したんだ」と彼は説明した。

「沸き立って、少しぬるくなった水がほしい。それと石鹸や溶けたぬるい油も必要だ。鋏やペトロマックスもちょうだい。光の強い提灯でもいいわ」

「その全部があるぞ」

「では、妊産婦に会わせて」

一人の男が私の手を引いて、部屋の隅に連れて「ここに見ることを何処かに話したら、あなたの首を切ってしまうぞ」と言った。

「私は妊産婦に赤ちゃんを産ませるんじゃないの?」と私は言った。

「ああ。でも、この妊産婦は普通の妊産婦じゃないんだ。これから自分で見る。でも、妊産婦の部屋を出ると、妊産婦なんかを見たことを忘れなければいけない」と彼は返した。

「可哀相な女に何をするつもりなの?私は文句言わない。赤ちゃんを生まれさせて、家に帰りたい」

「それはいい。いい助産師だ、ブラボー」

と、男は私の腕を手に取って、別の部屋に、そしてまた別の部屋に注意深く案内した。

「ここに妊産婦を見つける。赤ちゃんが生まれたら、呼びかけるんだ。我々は来る」

「覆われた目で産ませろとでも言ってるの?」と私はイライラして、返した。

「あ、そうだ、わるい、忘れてた。俺に背を向けろ。振り返って、俺を見ようとするんじゃないよ。俺はハンカチを開けて、部屋を出る。誰もあなたに手伝わない。赤ちゃんを産ませて、我々を呼ぶんだ」と彼は言った。

男に背を向けると、彼はハンカチを取って、部屋を出て、ドアを閉めた。部屋の中に何も見えていなかった。驚いて、目をこすった。誰かが冗談したんじゃないかと確認したかった。数日前建てられて、窓を覆ったようなまだ湿っぽい新しい壁が見えた。必要な道具はドアのそばに置いてあった。でも妊産婦は?前のドア、部屋に入ってきたドアを通ったが、別の部屋にも誰も見えなかった。部屋は空で、前の部屋のように畳敷きだった。驚いた。ここはモスクでもだと言うの?しかし、次の部屋の閉めたドアの下に光が見えていた。妊産婦は次の部屋にいるんだろう。真ん中の部屋の窓も壁で覆ってあった。前の部屋に戻って、必要な道具を取り、提灯を携えてきて、徐々に次の部屋のドアを開けてみた。最初は何も見えなくて、妊産婦は別の部屋にいるかと思った。全てはたちの悪い冗談なのかも知れないとも思った。道具をドアのそばに置いて、ドアを閉めると、今まで嗅いだことのない酷い匂いに気付いた。赤ちゃんは妊産婦のお腹の中に死んだんじゃないのかしら?でも、死んだ赤ちゃんはこんな匂いをしないはずだ。部屋の中に人間の呼吸の音が聞こえた。私に背を向けて、不定期に呼吸して、勝手に力を入れていた。肥満のせいで、赤ちゃんが生まれられないんだろう。それとも窒息したんだろう。

後ろから「ひどく痛いの?」と穏やかに聞いてみた。

答えが来なかった。もう少し前に進んだ。呼吸の音がもっと高く、腐乱の臭いがもっと酷くなった。質問を繰り返してみた。布の下にあって、見えない頭が動いた。なんて大きな丸顔。そして、なんて重く動いていた。前に、後ろに、また前に、後ろに。けれど、頭から声が出ていなかった。数秒が経つと、頭の動きは止まった。また前に進んだ私は、妊産婦の頭がぜんぜん見えていなかった。何か仮面みたいなものに、妊産婦の顔や頭が覆われて、首のところに細いゴムが仮面の回りに付けてあった。仮面の後ろに、息が苦しく吐いたり、吹いたりしていた。それにしてもなんて大きくて不細工な体。こんな大柄の女が世界中を探しても見つかるはずがない。妊産婦は子供を産むようなポーズにならせられていた。暗色の布が、妊産婦の脚や下半身を覆ってあった。その布のしたから臭いが漂ってきていた。でも、太ももが強くて太くて、言えば巨大だったってことが丸見えだった。脚が布を超えて、外にあった。大きな脚で、膨らんでいた。妊産婦は控えず、塩を食べ過ぎたせいで体がこのように膨らんでしまったのだろう。その人の脚にちっとも優雅さが見えていなかった。足首が汚くて、汚れだらけだった。怖がるべきだってことを忘れるほど恐ろしい生物だった。驚異が恐怖を超えていた。

首の回りからゴムを外して、仮面を取ろうと手を伸ばした。仮面の下に暴力的に頭を動かして、歯軋りの音がその下から聞こえた。そして、呻き始めた。喉の奥から出てくる、性のない呻き。最初はひどい歯痛の呻きに似ていたが、絶叫し始めて、力を入れたり、喘いだりした。見た妊産婦の中に、こう唸る女がいなかった。が、その人に同情した。こんな大きな生物は、腰か脚の骨を壊された動物のように呻いて、絶叫していた。でも、絶叫に女性らしいものがなかった。この仮面の後ろに待ち伏せして、唸り、唸りが猛獣のおろおろした呻きに似ているのは誰なんだろう?

提灯の光の下で診ようと思って、布を脚の上から取ろうとしたが、その人は怒って、脚を動かして、閉めて、手を布の下から出して、手を握り、脅威なポーズをした。立ち上がって、私を絞め殺したかったようなポーズ。

狂人や癲癇患者の妊産婦をいくらでも見たことがあった。出産より、女性の気を紛らすはないと分かっていた。女性は世界中の一番面白い生き物だと分かっていた。その体の状態が変わる。月経から十四日後、女の体は胚珠を作り、熱が上がって、すぐ下がって、女はまた月経に近づくんだと国立病院の助産師に聞いていた。九ヶ月と数日で赤ちゃんを産めて、体の血が乳に変って、乳が血に変る。妊娠とは不思議な行為なのだ。女はそうして創造性を体に入らせて、それを身に付け、そして創造するのだ。女性は創造に憧れているのだ。女性の体は世の中の科学を全て経験するのだと母が言っていた。全ての芸術もだ。母はどうしてそんなことを分かっていたんだろう?ある日「妊娠したら、世の中を経験するのだ。でも、妊娠に似てる経験は他にないわ」と母は私に言った。中からの圧倒が女性を狂わしてから、赤ちゃんが生まれるのだ。拷問と同じだけれど、男性と寝るするよりも出産を楽しんだ女性を知っている。知らない生物が中から体を破れて、外に這ってくる。出産のとき「気持ちがいい、神様よ、気持ちがいい、なんて楽しい、これより楽しいことはない、神様よ、出産の楽しみが続けますように」と叫んでいた女性を知っている。そして、赤ちゃんが生まれた後、無比に安らかになる。乱れる海が和やかになるのだ。女の体は休む。男性の体は、この変更や経験、楽しみや痛みに恵まれていない。だから、女性の方が忍耐力が強いのだ。

妊産婦は痛みや楽しみを全て味わうように、私は千の技やトリックを使用する。

「あなたが誰なのか知らないわ。真夜中に、目を覆われたり、脅されたりして、寒いにもかかわらず馬に乗って、危うくここに連れてこられたの。悪い真似をしたあいつらが嫌いなの。けど、私には義務があるの。妊産婦をほっといて、勝手に産ませないのよ。あなた、ほんとに妊産婦なら、赤ちゃんを私に産ませて。じゃないと、私は帰るわ」と妊産婦に叫んで、言った。立ち上がって、帰ろうとした。まだ絶叫していた。抗議の絶叫。ドアを開けて、別の部屋に出た。そこにドアを開けようとすると、向こうから鍵がかけてあった。拳でドアを叩いた。向こうから「生まれたか?」と聞いてきた。

「ううん、生まれていない。この妊産婦は産む気はないの。触れることさえを許さないわ。触れないと、産ませることもできない」

「赤ちゃんを産ませない限り、ここを出るわけには行かない。分かったか?」と向こうの声が返してきた。と、声の持ち主の足音がドアを離れた。拳でドアを叩いた。今度はもっと強く。でも、外から返事なんかがなかった。向こうにはみんな死んでいたような。仕方なく、妊産婦の部屋に戻った。まだ唸ったり、絶叫したりする状態だった。

部屋の隅に行って、どうしようかと考えた。こんな大柄の体でも、メチャクチャナ状態で弱くなって、私を傷めることができていなかった。ふと、その人に飛びか勝て、無理矢理に布を両手で外した。その人の手や下半身が裸になった。肥満して、毛深かった。膝や足ももを閉めて、大きなお腹が球状になっていた。でも、その大きなお腹が、身に付けるシャツの中に隠れていた。手を握って、上げた。とても脅威的ポーズだったが、そんな状態で当然に立ち上がれなかった。その人の前に立って、怒鳴った。

「ちゃんと聞きなさい、私は助産師なの。三十年以上もなる。今までこんな頑固な妊産婦を見たこともないわ。あなたは赤ちゃんを産むべきなの。しないと、ここで腐って、死ぬのよ。私に診させるべきなの。赤ちゃんはどんな状態なのかを診させるべきなの。手をあなたのお腹に置いて見なければならないの。足の間を診させるべきよ。させないよ、腐って、死んじゃう。このふざけた仮面も外しなさい。出産は恥ずかしいことじゃないの…」

などと言いながら、その人の足の間に気付いて、愕然とした。神様よ、これはいったい何?ここはどこ?夢かも。妊産婦も、私が普通じゃない状況に気付いたってことが分かった。唸りを止めたもの。私は注意深く足の間を見て、確認した。間違いない。夢じゃなかった。間違っていなかった。でも何で?どうして?ありえない。別の部屋に走り、ドアに飛び掛って、叫んだ。

「私をここから出して。速く。ふざけてるのか?この動物以下たち。面を失くさせてやるからね」

ども、ドアの向こうから何も聞こえなかった。

「不幸な助産師を真夜中に、雪や寒さ中に、街からこんな山の頂上に連れて、恥知らずな巨人と部屋に二人きりにして、その大きなお腹から赤ちゃんを産めと言うの?」

でも、ドアの向こうにいる人たちが怖くて逃げでもしたようだった。それとも、黙って、私の次の行為を察したかった。

「助産師よ、楽にしてくれ、ここに戻って、私を楽にしてくれ」

男声だった。妊産婦の部屋から聞こえていた。やっぱり妊産婦は男性だ。でも、ありえないじゃない。男性は産むわけがないだろう。また男の声が聞こえた。

「助産師よ、頼む、楽にしてくれ、痛いんだ、凄く痛いんだ、善行為になるから、楽にしてくれ」

部屋に戻った。主人以外の男性と、二人きりになるのが初めてだった。主人が分かったら、何を言うんだろう。

でも、この男は普通の男だってわけじゃなかった。前みたいに、体が半分横たわって、唸ったり、拳を投げたりしていた。と、時々膝や脚ももが開いて、私は彼のあそこが見えていた。お腹の下に。なぜこの男はこうなってしまったのか分かってもいなかった。

「助産師よ、頼む、楽にしてくれ、もう堪えられないんだ、何とかしてくれ、速く何とかしてくれ」

「あなたには男性の助産師を連れてくるべきなの。アルメニア人の助産師がいる、男性ね。医者で、外国に留学したらしいわ。彼を連れて来させたほうがいいの。何が起こってるのかが、彼がわかるかも知れない」

「ううん、駄目だ、遅くなってしまう、もうすぐだと思うよ、痛みに堪えられないんだ」

この男は真面目に赤ちゃんを産むんだと信じているのだろうか?

私は、どの妊産婦にもする平凡な質問をしてみた。

「未経産なの?」

「うん、最初で最後の出産。なんて痛いんだ。お前たち女が経験する痛みが分かってきた」

「父親は誰?」

「外国人だった。逃げちゃった」

「なるほど。私生児だってわけね」

彼はもう何も言わなかった。呻いたりして、拳を頭のほうに上げて、そして強く下ろしてそばの藁を叩いていた。そしてまた呼吸して、深呼吸して、また唸ったりしていた。そしてまた拳。

傾いた。彼は脚を開けた。抵抗は無駄だと諦めていたらしい。なるべく彼のあそこが見えるのを避けようとしていたけど、そんなことは有り得るのか。いずれにしても、赤ちゃんは何処から生まれるべきだろう?その何処かはちょうど私が見てはいけないところ、それともそのすぐ下か上だった。もしここを出られたら、二度と助産師の仕事をしないと自分と約束した。何をしているのか、何をするべきなのか、ぜんぜん分かっていなかった。

石鹸を取り、手を温かい水の中に洗って、器のそばに置いてあるタオルで拭いた。それから、手を伸ばして、忌むあそこの下に、ようやく赤ちゃんが出るべき所だと思うところを見つけて、指を穏やかにその中に入れた。すると、驚くことに赤ちゃんの半硬質の頭をその中に触れた。大きい塗ったお腹の上に別の手を置いて、その回りを触れた。間違いなく、赤ちゃんだった。心臓に近い所だろうと思う場所に手を置いてみた。なんとか生きているんだと感じた。

「生きている」

「それは自分で分かる。動くのを感じる」と彼は言った。

彼の言うことに構っていなかった。妊産婦は赤ちゃんが動くのを感じると言うのに、実は赤ちゃんが二十四時間前に死んじゃったんだってことが、何度もあるから。

指を穏やかにその中に入れると、赤ちゃんの膨らんだ頭が私の手に触れた。手で頭が出れる余裕を開けて、その間に、忌まわしい所に触れないように注意していた。その後は、その二三個の無用な肉や皮膚にも慣れて、忌まなかった。

「力を入れなさい。深呼吸して。また力を入れなさい。深呼吸して」と彼に命じた。

と、彼は始めた。苦労して、力を入れ、喘いでいた。で、私は両手を穴のように赤ちゃんの頭の回りに置いて、出て来るのを待っていた。ようやく妊産婦は絶叫を上げて、その後、気絶したと思う。もう唸りも呻きも上げなかったから。赤ちゃんの頭が出ていた。大きな頭で、私はそれを手で支えた。そして、赤ちゃんの柔らかい肩が外に這って来て、その後も体や両足が出て、全ては完璧に進み、赤ちゃんは生きて、完全に私の手の中にいた。他の赤ちゃんよりも機嫌の悪い赤ちゃんで、男の子だった。

赤ちゃんを、畳の上に置いてある小さな枕の上に置いて、へその緒を切った。出産の形式がもはや終わっていた。

妊産婦は気絶しいてい、部屋は血だらけになっていた。用意してもらった道具の中にある奇麗なタオルを取って、赤ちゃんが出てきた所を綿で塞いで、その上にタオルを置いて、包帯してから、立ち上がった。妊産婦を正体を暴く時間だった。ゆっくり首の回りのゴムを外した。彼は動かなかった。仮面を取ってみると、愕然とした。

上品で厳粛な男の苦しんだ顔で、長い髭を持って、苦しみで歪んだ唇をしていた。奇麗な顔をしていた。仮面を外してみると、頭と首がけして大きく見えていなかった。お腹や腕も大きくなかった。赤ちゃんが彼の体のあらゆる所に棲んでいて、その体を大きくさせて、生まれると、体が大きいである理由がなくなったように。それにしても、男はずいぶん年を取っていた。目を開けて、眼の色を見ようと思ったが、起こしてしまうと考えて、諦めた。苦しみが彼の顔に記していた。彼に対して、私の頭と心が同時に尊敬で忌む感覚に溢れていた。仮面を彼の顔に被って、ゴムも付けてやった。驚くことは赤ちゃんがぜんぜん泣いたり、叫んだりしていないってことだった。じゃないと、「母」を起こしてたんだろう。手を洗って、チャードルを被って、ドアの方に行った。あそこを出て、帰らなければ、ならなかった。穏やかに、ハンカチを目から外してもらった部屋のドアを叩いた。一瞬待った。何も聞こえていなかった。またドアを叩いた。

「ドアを開けて。赤ちゃんが生まれたの」

ふと、ドアの向こうに騒ぎが聞こえてきた。ドアを半分開けると、私はドアの方に飛び掛って、出ようとしたが、すぐにドアが閉まってしまった。

「だから、赤ちゃんが生まれたって。約束を守りなさいよ、私を帰らせるべきなの」と叫んだ。

「ドアを開ける。でも、背を向けて、目をハンカチで覆わせるんだ、いい?」とドアの向こうから、声が言ってきた。

「あんたたち狂人なの、狂人。この男はどうして妊娠したか、分かってるんでしょう」と私は返した。

「家に帰りたければ、目にハンカチを付けさせるんだ」と向こうの声が言った。

「分かったわ、入って」と私は言った。中に入って、ハンカチで私を目を覆ったら、妊産婦がいる部屋に走った人たちがいた。子供を上げて、妊産婦を囲み、踊ったりして、パーティーをしているようだった。両手を二人の人に捕まえられ、外に出られた。天気は涼しくて、快かった。吐き気がして、吐くほど快かった。あの二人が私を待って、その後また同じ馬に乗り、山を下りた。タブリーズの朝の匂いが街のほうから漂ってきていた。五十年もこの匂いと暮らしてきたのに、今はなんて不思議に感じていた。家の門に着くと、馬から下りられた。一人が私の手を捕まえて、紐を解け、手の中に高い紙幣を渡した。もう一人はノックをした。が、主人がドアを開けるのを待たず、二人ともが馬に乗って逃げていった。主人に顔を見られるのを避けたかっただろう。主人はドアを開けて、私の目を開けてくれた。

「何が起こったのか?」

「別に」

「いゃ、話すんだ、苛められたのか?」

苛めって、何のことかを承知して、「ううん、そういう意味で苛められたんじゃないわ、ただ出産が大変だったの」と答えた。

「ならば、何で目を覆われていた?」

「なんでだろう、私は全てを見たというのに、何で目を覆われたのかな」

「見たって、何を?」

「何もかもを。世の中はどうなってるんだってことを」

「世の中はどうなってるんだって、何のことなのか?」

「今はクタクタに疲れているよ。いつかあなたにも語るかも知れないけど、今はダメ。今はくたびれるの、飽きるの、彼らも、あなたも、何もかもにも飽きて、寝たいの」と言った。

主人は私の腕を取って、ベッドに連れて行こうとしたが、私は腕を放った。私の腕を捕まる手がなんて嫌いだった。

主人は驚いて、「何だ?一緒に来て欲しかったのなら、言ってくれればいいもの」と言った。

「あなたは一緒に来ても、同じだったわ。あなたは物事を変える者か」

主人は、私に軽侮されるばかりだと思うようだったが、私は起こったことをちゃんと彼に話す気分がなかった。そもそも誰かに話せるような話じゃなかった。ベッドに陥って、覚醒の悪夢の中に寝た。と、死体を産石の回りに巡礼させるという夢を見た。つま先に頭を死の白衣に包まれていた。大勢の人たちが、暑さの中で跳ねたり、回ったりして、祈りを捧げて、私をも産石の回りに運んで回っていた。起きても、また同じ夢を見ていた。寝たら、また夢を見ていた。回りに浮かぶ顔の中に、死んで、死の白衣に包まれたまま産石の回りを回っていた。そして、起きて、また寝ることが繰りかえるに飽きた。陥った。高いところから落ちるような、バラバラになった石のような。で、人生を散り散りの夢のように送り続けた。

数日後、ようやく起きると、何週間も拷問されたように体が疲れていた。二つの若い顔は私の顔に傾いて、ずっと私が起きるのを待っていたようだった。アヤズとカラムの顔。部屋が妙に明るすぎて、目を閉じて、また開けて、何度も目を開閉するのを繰り返した。と、正午で、窓から光が辿ってくるんだと分かった。アヤズとカラムに、私を立たせて、窓のそばに連れて行ってくれるように頼んだ。彼らはそうしてくれると、窓のそばから、外の真っ白な雪をじっと見た。なんて明るい日差し。外は暖かいだろう、っていうか暑いかな。立ち上がれて、奥の部屋の窓を開けて、山を見れたかった。頂上にモスクの遺跡が見える山。あの事件が本当に起こったのだろうか。そのモスクは何世紀前からも遺跡になっているそうだ。アヤズとカラムには、私の秘密を聞く気力があるのだろうか。

二人の息子が私のそばに座って、唖然とした顔で私を見つめていた。あの事件から、一週間も経って、また金曜日なようで、アヤズも家にいた。

大きな猫が右の壁のそばから静かに雪を歩いて、前の壁のほうに行った。大きくて、灰色の憎たらしい猫で、前の壁に付くと、口を出来るだけ開けて、鋭い歯を見せた。そして、アヤズの鳩達の巣のそばに行き、待ち伏せをして、一羽の鳩が油断して、出てしまうのを希望して、待った。私はカラムが自分で気付くのを待っていたが、彼は気付いていなかったから、小さい声で彼に声を掛けた。

「カラム、チェゲルが待ち伏せした猫に狙われてるわ」

カラムは頭を上げて、猫が見え、速く棒を手に取って、猫を追い出しに行った。

アヤズはもっと私に近寄って、私の顔を手に取り、視線を私の目の中に沈んだ。

「何が起こったの、お母さん」

「アヤズ、何かが起こったと思ってるの?」

「知らないのなら、何も起こらなかったんだろう」

まったく、アヤズめ。特に目を見つめられると、なんて狂わしい気分になってしまうんだ。

「やはり何かが起こったんだね、私に隠すことがあってはいけないだろう?」

彼の視線から逃げるため、話を変えた。

「お父さんはいつ帰ってくるの?」

「二週間後」と彼は答えて、「何が起こった、お母さん、話してくれよ」としつこく聞いた。

顔を彼の手から放れて、振り返り、横たわって、頭をアヤズの足におき、窓の向こうの日に夢中になった。

 

レザ・バラへ二   一九七九年十月・テヘラン

 

Lettuce-Seascape2

 

 

もらって、あげるな

標準

 

jamalzade

 

著者 : モハマッドアリ・ジャマルザデ

翻訳家 : 甘味屋

PDF: もらって、あげるな

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『もらって、上げないで』

 

 今、諸君に話をするのは、数年前テヘランで「守銭奴」というタイトルに印刷された、ある名戯曲の、フランス語からペルシア語への翻訳をいたした者だと御存知かも知れません。この戯曲は、フランスの、モリエールという高名がかねがねの劇作家のペンに書かれたのだ。来年、モリエールがなくなってから、ちょうど三百年になるとはいうものの、まだ彼の喜劇が万国に毎年も毎月も開催されている。モリエールが「守銭奴」にケチな人を見せ、その邪悪さを伝えようとしているけれど、私は彼の戯曲を翻訳するとき、個人的に同国人の中にケチな方を知っていて、フランス人の劇作家のケチを彼らに比べたら、寛大のハタムに見えることに気付いたのだ。その日以来、よくケチさについて考えて、「精神分析学」の創立者、オーストリア人の名心理学者、かのフロイトの著書も参考した。彼によると、ケチな人々は、生まれて、ベビーベッドの中に寝る頃からケチで、ウンコを譲ることさえしないのだ。これは本当かも知れませんが、私がこの現象の原因が分からなくて、いったいどうしてある人たちは理性が信じられないほどケチになってしまうんだろうと理解できなかった。一言で言えば、全体的に我がイランを含んだ東洋には西洋よりこういうケチな人が多くて、おまけにうちのケチたちは西洋のケチたちよりもケチだってことを確信したのだ。とにかく、今日は語り申し上げたいのは、自分の目で見たことです。

 同国人の中に、非常にケチで、徐々に巨大な富を手に入れていた知り合いがいた。彼に、とても信じられないケチなマネを見せてもらっていたのだ。たまに事実を率直に彼に言って、例を挙げると、ある日彼にこう言ったのだ。

 「お前が死んだら、碑文に、ここに眠る人は永い人生に二つの目的しかを追っていなかったのだと書くべきなんだ。その一は、なるべく安く買って、食わないこと。その二は、なるべく高く売って、貯金して、集まった資産のゼロをまた一つ増やしたことをを喜ぶこと。100トマンが1000トマン、100000トマンが1000000トマンになったんだって。」

 彼は笑って、「君たち詩人ら、自分の言葉で経典の民はね、お金持ちである快楽や喜びを知っていなから、そう言っているのだ。」と返していた。彼のケチさ(心理学が説明するどおり、そのケチさに切手も切れない欲望などという性質も付いていた)がそのまま悪化して、とうとう彼の愛息であるたった一人の息子が父と別居して、働きに外れた町に行ってしまい、父と息子は赤の他人になってしまったのだ。うちの老いたケチな友が病気になった日がやってきて、彼は人生初めてお医者さんを呼ばせたとも言いかねない。具合が非常に悪くて、もうすぐ帰れぬ場所に行くと彼は承知した。ちゃんと計算をしておいて、死んだら、どれだけの資産を後ろに残すか分かっていた。何百万トマンにもなる価額だった。

 彼は目を閉じて、低い声で「いっこくも早く来るように息子に電報を打ってくれ」と頼んだ。驚くことにそんな状態にも、周りの人が自分のお金で彼の息子に電報を打ってあげるのを期待していた。電報が打たれ、息子がやってきた。

 父は死に掛けていて、すさまじくケチで、死神に命を譲らないタイプだったので、臨終もずいぶん長くなっていた。彼は「わしの唯一の継続者である息子と二人きりで話をしたい」と言って、皆に部屋を出てもらったんだ。後で、息子さんが、彼に手を取られ、「悲しいのは、わしが去ってゆき、ありのように一銭一銭と貯金した資産を、お前は甘くて短い時期になくしたり、ずるがしこい奴らに奪われたりしてしまうってことじゃ」と言ったと言われた教えてくれた。「仲が良いと言えなかったのに、喉に泣きが詰まって、何も返せなかった。返す答えはなかったし」と息子さんは言って、こう続いた。

 「彼は、もはや生きている目に似てない目を半開して、私に恐ろしいと言いかねない妙な視線をやり、「わしの遺言で、お前に言う最後のことをゆったら、聞いてくれるかのう?」と聞いた。私は、聞くとも、と答えた。「息子や、わしはこの永い人生にいろんなもんを見て、経験が多いんじゃ。資産ってよいもんじゃ。資産の悪口をゆった奴らは、資産を知らぬだけだい。よく聞いておくれ、資産はよいもんで、それを得るには一つの方法しかないわい。盗みじゃないわ、誰でもできるまいからのう。その一つの方法ってのはこれじゃ。なるべくもらって、なるべくあげるいな」って。こう言って、もう何も言わなかった。死んでしまっていたんだ」

おしまい

生き埋め

標準

sadeghhedayat

著者 : サーでグ・へダーヤト

翻訳家 : 甘味屋

PDF:  生き埋め

 

『生き埋め』

 ある狂人の日記から…

息が吸いにくい。目から涙がこぼれて、口がまずい。吐き気がする。頭がフワフワする。胸が詰まっている。体が重くて、だるい。だらけて、ずっとベッドの中に横たわっている。両腕に注射器の跡が残っている。ベッドは汗や熱の匂いがしている。ベッドのそばのナイトスタンドの上にある時計を見る。日曜日・十時。まん中にランプが吊っている天井や部屋の壁を見る。壁紙の模様がバラのブッシュで、ところどころに二羽の黒い鳥がお互いに向き合って、一羽の嘴が何かを喋っているように開いている。この模様に苦悩さされ、どの方に寝返っても、目の前にある。部屋の机の上に瓶や火縄、薬の箱だらけだ。部屋中に燃えたアルコールの臭い、体調不良の臭いが漂っている。窓を開こうと起き上がろうとするが、ある盛り上がる怠惰にベッドに貼られている。タバコを吸おうとするが、欲望がない。濃くなった髭を剃ってから、まだ十分も経ってない。来て、体をベッドに下ろした。鏡に自分が激やせしたのを見た。歩くのに苦労をしていた。部屋が散らかっている。私は孤独なのだ。
三千の不思議な思いが頭の中を巡り回っている。その全部がはっきり見えるが、最小の想像や感覚を書くにも、我が人生を最初から最後まで語らなくてはならない。で、それは不可能なのだ。この思考と喜怒哀楽は、私の一生の結果、聞いた、読んだ、感覚した、そして考えたのが重なってきて、成長した結果なのだ。その全部が私という馬鹿馬鹿しい架空の存在を作ったのだ。
ベッドの中で寝返って、思い出のページを捲る。散漫で狂った思考は頭脳に圧力をかけ、頭の後ろが痛くなって、ズキズキする。こめかみが熱くなって、苦しむ。頭蓋を開けて、この捻れる灰色の質量をぜんぶ頭から取って、捨てられたら、よかった。捨てて、犬にでもやる。
誰も理解できない。誰も信じない。もうどうすることもできない人は「死んだら?」と言われる。でも、死も受け取らなくて、背を向ける時は、何をすれば、いいんだろう。来ない、来るつもりもない死…
みんなは死を恐れて、私はこの粘り強い人生を。死に断られるのはこんなにおぞましいとは。唯一の慰めは、オーストリアで誰かが十三回も色んな方法で自殺したんだと、二週間前に新聞で読んだことだ。首を吊ったら、ロープが敗れ、川に飛び込んだら、救出され、いつも自殺が失敗したが、とうとう家に一人になったとき、ナイフで体のあっちこっちの血管を刺し切って、十三回目に自殺が出来たんだって。
この話は私を慰めてくれる。
いゃ、誰も自殺しようと決めるんじゃないんだ。自殺はある人たちと共にある。彼らの人格と性質の中に棲んでいて、その自殺から逃げられないのだ。支配するのが運命で、運命を作ったのが私だが、自分が作った運命から、逃げられない。自分から逃げられない。
仕方がないじゃない?運命のほうが私より強いんだ。
いろんな衝動に誘惑される。ベッドの中で寝るまま、子供になりたくなって、私に物語を語りながら、唾を飲んでいた、花のおばあちゃんがベッドの上に座っていて、私が眠くなるまで、物語を大袈裟に語ってほしくなった。考えて、子供のごろのところどころをはっきり覚えているのが分かる。まるで昨日のことなんだ。子供のごろはそんなに遠くないのに気が付く。そして、今の自分の暗くて虚しい、卑劣の人生を見る。あの過去は幸せだったか?いいえ。なんと甚だしい間違い。みんな子供が幸せだと勘違いしている。ううん、よく覚えている。あのごろはもっと敏感だった。卑屈でずる賢くて、笑ったり遊んだりするように見えていたかも知れないが、実は、微かの痛烈な非難や不快な事象を深く受け入れて、何時間もそれについて考えて、自分を苦しめていた。私のこの忌々しい人格がくたばれば、いい。極楽と地獄が人の中にあるんだと主張する人たちの言うとおりだ。ある人たちは楽しく生まれて、ある人たちは気分が優れなく生まれてしまうんだ。
手に持って、ベッドの中で書く小さな赤いペンを見る。このペンで、待ち合わせの場所を書いて、知り合ったばかりの少女に渡したんだ。二、三度一緒に映画館へ行ったんだ。最後に行ったのは「歌手と話者」の映画で、シカゴの名歌手も歌を歌ってたんだ。Where is my Silvia ?って。興奮して、目を閉じて、聞いてたんだ。彼の素晴らしくて、印象的な声が未だ耳の中に響いている。映画館そのものが震えていた。彼は死んではいけないと思って、いつかこの声が消えてしまうなんて信じてもいなかった。興奮するにもかかわらず、その悲しい口調で寂しくなってきた。低音と高音の音が漂って、バイオリンの呻きは、バイオリンの弓が私の皮膚に音をかけるような感じをして、私を広い荒野に連れていていった。暗闇の中に、あの少女の胸を触って、揉んでいた。彼女の目が眠そうになっていた。私も不思議な気分になっていた。うまく説明できない快い寂しい気分。彼女の鮮やかな唇にキスをして、彼女の頬が赤くなっていたのだ。お互い、体を押したり揉んだりして、映画の内容なんかが分からなかった。私は彼女の手と遊んで、彼女は体を私に貼り付けていたのだ。今は、全てが夢に過ぎなかったみたい。別れてから、九日もなる。彼女を翌日部屋に連れてくると約束した。彼女はモンパルナス墓地の近くに住んでいた。同日、彼女を連れてきに行った。地下鉄を出ると、寒い風が吹いて、空が曇っていた。そこで、なぜか分からないけど、気が変わった。彼女が醜いか、私が彼女のことが好きじゃないわけじゃなかった。ただ、何かに抑えられた。いゃ、もう彼女に会いたくなくて、愛着を全て消したかった。不随意に墓地に向かった。扉のそばに立っている警官は身を紺色のケープに包んでいた。奇妙な沈黙がそこを支配していた。私はゆっくり歩いて、墓や上にのっているクロス、花瓶の中にある造花や墓の上と回りにある緑を眺めていた。墓誌に書いてある名前を読んだりして、彼らに代われないのを嘆いていた。「彼らはどけだけ幸せだったんだろう」と考えて、土の下で腐乱した死人を羨んでいた。こんな激しい嫉妬が初めてだった。死は、誰でも簡単にもらえない恵みに見えて、どれだけの時間が経ったか知らないが、そこをじっと眺めていた。少女を完全に忘れて、寒さを感じていなかった。死人のほうが生きている人より私に近いような感じだった。彼らの言葉のほうが分かりやすい。帰ってきた。もう彼女に会いたくなかった。全ての物や人から離れたくて、絶望して、死にたかった。くだらない思いが頭に来てしまうな。でたらめ言っているかも。
数日前から、トランプで占っていた。なぜか分からないけど、迷信を信じるようになって、本気で占っていた。というか、それしかやることはなかった。それしか出来ることはなかった。自分の将来とギャンブルするつもりだった。気付いたら、三時間半もずっとトランプで占っていたんだ。まずはシャッフルして、テーブルの上に一枚を表向きに、五枚を裏向きに置いていた。そして、裏向きであった二枚目の上に一枚を表向きに、また順番に四枚を裏向きに置いていたのだ。こうして、最後に六つ目の欄にも表向きのトランプがあって、続いて、黒い模様のカードと赤い模様のカードを一枚ずつ、キング・クイーン・ジャック・十・九・などという順番で並んでいた。開いた欄の裏向きのカードを表に向けて、適当なカードが出ると、それを空の欄に置いていた。六つの欄より過ぎないように。うまく行くと、同じ色で同じスートのカードがちゃんと並ぶようにエースをその空の欄に置いていたのだ。このトランプの占いを子供のとき習って、それで時間を潰していた。
七、八日間前、喫茶店で座っていた。私の前に二人の人がバックギャモンで遊んでいた。その一人が「ギャンブルに勝ったことはない。十回のうち、九回負けちまうんだ」と、禿げて、赤い顔をして、口髭の下にタバコが付いて、アホ面で彼の話を聞く相手に言った。私は唖然とした顔で彼らを見つめた。何を言いたかったかな。忘れた。とにかく、そこを出て、路地を漫然に歩き出した。目を閉じて、車の前に出て、潰されようと何度も考えたけど、あまりにも辛い死で、諦めた。おまけに、楽になる保証はない。また生き残ってしまうかも知れない。この思いが私を狂わせる。そう考えて、交差点や賑やかなところを渡っていたんだ。行き来する群衆、馬の馬蹄や馬車の騒音と車のホーンに囲まれて、私は独りぼっちだった。何百万人の人の中に、ボロボロの小船に座って、海の真ん中に迷っているような気分だった。無様に人間の社会から追い出された気分。自分が生活するために創造されていないのが見えて、それはなぜかと考えて、単調に歩いていた。油絵が展示されているショーウィンドウの前に立って、画家にならなかったことを後悔していた。それは私が好む唯一の仕事だった。絵を見て、考えていた。絵だけは私を慰めてくれる。一人の郵便屋が眼鏡の奥からなにかの紙を見ながら、私のそばを通った。それは何かって?イランの郵便屋さんを思い出した。いつも家に来ていた郵便屋さんを。
昨夜のことだ。目を強く閉じていたが、眠れていなかった。バラバラの思いや扇情的なシーンが目の前に浮かんでいた。夢じゃなかった。まだ眠っていなかったから。悪夢だった。睡眠も覚醒もじゃなかったが、ちゃんとそれが見えていた。体が弱くて、重くなってきて、おまけに頭も痛かった。おぞましい夢が目の前を通って、冷や汗をかいていた。紙の束が空気に開いて、紙が一枚一枚落ちて、そこを顔の見えない一隊が通っていた。暗くてひどい夜は怒っている恐ろしい者に溢れていた。目を閉じて、死に降伏とようとすると、こんな奇妙なイメージが現れていた。回る火山の丸、川に浮かぶ死体、どこからにも私を見つめる目。狂って、怒っている塊は私を襲っていたのを覚えている。柱に縛られた男が血まみれの顔で私を見て、笑って、歯を輝やかせていた。コウモリが冷たい翼で私の顔を叩いていた。細いロープに歩いて、その下の渦に落ちかけて、叫んでいた。一本の手が私の肩を触れて、凍った手に首を絞められ、心臓が麻痺するって気がしていた。呻き、夜の暗闇の置くから辿ってくる禍々しい呻き。現れて、消える顔。私は何をすれば、よかったの?とても近かったのに、とても遠かった。夢じゃなかった。まだ眠っていなかったから。
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皆を馬鹿にしているか自分を馬鹿にしているかよく分からないが、一つは私を狂わせる。笑いは止まらない。喉が笑いに詰まることもある。私の病は何だったか、結局だれも分からなかった。みんな騙されたんだ。一週間前、病気だってフリをする。それとも、妙な病を患っている。漫然にタバコを取って、火を点ける。どうして、タバコを吸うんだろう?知らない。左手の二本の指の間に握るタバコを口に付けて、その煙を吹きだす。これも病なんだ。
今は考えてみる、体が震える。一週間もなっていた。自分を本気でいろんな手で拷問していた。体調を悪くしたかった。数日前から寒くなっていたのだ。お風呂の窓を開けっ放しして、冷たいシャワーを浴びた。思い出すと、忌々しい。呼吸できなくて、背中や胸が痛くなった。今度こそ終わりだと思った。明日は酷いインフルエンザに罹り、ベッドを出られなくって、それを悪化させ、自分を始末するんだって。ところが、翌朝起きると、ぜんぜん風邪を引いたようではなかった。薄い服を着て、日が暮れると、部屋のドアを閉めて、電気を消し、窓を開けて、寒さを受け入れた。寒い風が吹いていた。過度に震えていて、歯がガタガタなるのが聞こえていた。外に目をやった。行き来する人々がいた。走っている車が六階から小さく見えていた。裸の体を寒さに襲わせ、苦しんでいた。その時は狂ってしまったって考えが頭に浮かんだ。自分に笑っていた。人生に笑って、誰も死が訪れるまでなにかの演技をするんだと分かっていた。私もあんな演技をして、これで死がもっと早く来るんだろうと思っていた。唇が乾いていた。汗をかくほど体を温めて、いきなり服を脱いで、寝て、夜を震えながら過ごして、ぜんぜん眠れなかった。少し風邪を引いたが、寝ると、風邪がすぐ治っちゃった。この手も無駄だった。三日間も何も食べずに、夜を裸に窓の前に過ごした。自分を疲れさせて、へっているお腹でパリの路地を一晩走ったこともある。くたくたに疲れて、細い路地で冷たくて湿っぽいステップに座った。真夜中を過ぎていた。酔っ払い工員が私の前を通った。ガス燈の淡くて奇妙な光の前を、話をしながら通るカップルが見えた。私も立ち上がって、出発した。道のペンチにホームレス達が眠っていた。
つい衰弱で入院したが、病気じゃなかった。友だちがお見舞いしてくれて、彼らの前に具合が悪い顔をして、可愛そうに思われていたのだ。明日は死ぬだろうと思っていたのだ。心臓が痛いと言って、彼らは病室を出ると、心の中で彼らを笑っていた。この世に一つだけは上手くできるかも知れないと思っていた。演劇の役者になれば、よかった。
どうやって、お見舞いする友達の前と同じく、先生どもの前にも具合が悪い縁起が出来たんだろう。本当に具合が悪いとみんなは信じていた。何を聞かれても、心臓が痛いと答えていた。なぜなら、心臓麻痺だけは突然死に至って、ただの共通がいきなり殺さない。
奇跡だった。今、考えてみると、妙な気分になる。七日間前から自分を拷問して、友だちの強請りに負けて、大家さんにお茶を頼んで、飲んだら、すぐに治っていた。病気が完全に治って、恐ろしかった。お茶のそばに置いてあるパンを食べたかったのに、残していた。毎晩、今度こそ入院して、もうベッドを離れられないだろうと思い、阿片のCachetsを持ってきて、ベッドサイドテーブルの引き出しに入れ、ちゃんと動けなくなったときそれを飲むつもりだった。しかし、運の悪いことに具合が悪くならなくて、なろうともしていなかった。一度、友達の前に仕方なくパンを食べて、具合が完全によくなった気がした。自分を怯えた。自分の頑固さを怯えた。おぞましい。信じられない。今は認識があって、書くのだ。でたらめではない。はっきり覚えている。
私の中に生じた能力はいったい何だったんだろう?どの手を使っても、無理だったので、本当の意味で具合を悪くするんだと決心した。そう、猛毒があそこに、鞄の中にあるんだ。急性毒。あの雨が降る日数切れないほどの嘘を付いて、偽った名前と住所を使って、それを写真撮影の毒性物質として買ったのを覚えている。医学書で読んで、兆候をよく知っていた「シアン化カリウム」。痙攣、呼吸困難、空腹なら死。二十グラムはすぐ、それとも二分以下で殺す。空気に触れないようにそれをチョコレートのアルミ箔の中に包んで、更にそれを蝋で覆われ、瓶の中に入れていたのだ。量が百グラムで、それを宝石のように扱っていた。しかし、運のいいことに、もっとすごい物を手に入れたのだ。密輸された阿片、しかもパリで。ずっと探していた阿片をぐうぜん手に入れたのだ。阿片で自殺したほうが、あの毒より楽だと読んだことがあった。それで、自分を弱めて、阿片を飲むと決めていた。
シアン化カリウムを開けて、その卵みたいな奴から二グラムを削って、それを空のCachetに入れた。そして、封をして、それを飲んだ。半時間が経った。別に何も感じなかった。今度は五グラムを削って、Cachetに入れて、飲み、ベッドの中に寝た。もう二度と起きるまい気で寝た。
どんな人もこの思いに狂ってしまう。そう、毒は効かなかったのだ。今は生きていて、毒はあそこ鞄の中にある。ベッドの中で苦しそうに呼吸しているが、これは毒の兆候ではない。私は不死身になってしまったんだ。物語でよく語る、れいの不死身。信じられないんだけど、とにかく去って行かなければならない。虚しいんだ。この人生は無意味で無駄で無用になって、いっこくも早く世の中を去って行かなければならない。今度は冗談ではない。どんなに考えても、何も私をこの人生に結んでいないのだ。何も、誰も…
一昨昨日、狂ったように部屋を歩き回っていた。壁にかけたた服、の洗面器、押入れの中の鏡、壁に付いている写真、ベッド、部屋のまん中にある机とその上に落ちている本、椅子、押入れの下にある靴、部屋の隅にあるスーツケースが何回も何回も目の前を通った。でも、私はそれを見ていなかった。それとも、気付いていなかった。何を考えてたんだろう?さあ。無駄に歩いていた。ふと我に返った。この野性の歩き方をどこかに見たことがある気がして、思えだそうとした。どこだっただろう。思い出した。ベルリンの動物園で初めて猛獣を見たときのことだった。起きている猛獣はまさしくこのように檻の中を歩いていた。私もあの猛獣のようになっていて、彼らのように考えていたかも知れない。すごくあの猛獣たちに似てる気がした。無駄に歩き回って、壁にぶつかると、振り返っていた。あの猛獣のように…
何を書いているのか分からない。耳のそばに時計のカチカチ音がして、それを取って、窓から投げ捨てたい。時間の経過をハンマーで頭の中に打つ、この恐ろしい音を。
一週間前から、死の準備をしている。書いたテキストや書類を全て根絶していた。死んでから、持ち物を探られるとき、汚い物が見つからないように、汚れの付いている服を捨てていたのだ。ベッドの中から出されて、先生が診に来るとき、お洒落に見えるように、買ったばかりの新しい下着を着た。オーデコロンの瓶を手に取って、ベッドの中に、いい匂いがする為にスプレーした。しかし、あくまでも他人と違っている人なので、今度も自信がなかった。自分の頑固さを怯え、今度は勝ち目が薄いような気がして、誰もこう簡単に死なないと分かっていた…
身寄りの写真を出して、観た。どなたも自分が想像したイメージとぴったりに見えた。彼らが好きで、好きじゃなかった。彼らに会いたくて、会いたくなかった。ううん、やっぱり思い出がはっきり過ぎで、写真を破った。愛着なんかがなかった。自分のことを審査してみた。親切な人じゃなくて、頑強で嫌悪者に創造されていたのだ。こう創造されていなかったかも知れない。少しも人生に変えられてしまったのだ。死も怖くなかった。逆に、中に生じた病気や狂気に死の磁気に引き寄せられていた。これも昔からのことだ。一つの思い出を思い出した。五、六年前のことだ。ある日、テヘランで朝早く阿片を買いに王繁条にある薬種屋に行った。三トマン(一トマンは十ゲラン)の弊紙をカウンターに置いて、「阿片は二ゲラン下さい」と言った。髭をヘナ染めして、頭にキッパを被ったおじさんが、私を知っているか私の考えを読めるように尻目で私を見て、「返す小銭はない」と返した。二ゲランのコインを出したが、おじさんは「違う。売るまい」と言った。理由を聞くと、「おまいさんは世間知らずな若者だ。これを飲んで、依存者になるかも知れぬわい」と言われて、もう強請らなかった。
いゃ、誰も自殺しようと決めるんじゃないんだ。自殺はある人たちと共にあって、彼らの人格と性質の中に棲んでいるのだ。そう、誰も己の定めが額に書いてあり、自殺はある人たちと一緒に生まれたのである。私はいつも人生を蔑んで、世の中や人々が総て虚しくて無意味なものに見えたのだ。寝たくて、もう起きなくて、夢も見たくなかったが、世間の目に自殺が非常識な行為なので、自分の具合を悪くして、体がボロボロになったら、阿片を飲んで、自殺することにした。「病気になって、死んじゃった」と言われるように。
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ベッドの中にメモを書く。午後三時だ。二人が訪問に来て、帰った。今は一人だ。目眩がするが、快の状態だ。お腹の中に一杯の牛乳と紅茶があって、体がだるくて、不快に温かい。蓄音機で聞いた、いい曲がある。覚えている。その音楽を口笛で鳴ろうとするが、できない。また聞けば、いいな。今は人生が好きでも嫌いでもない。気力がなくて、生きている。生きる欲望もなくて、異常な力に保持されているのだ。人生の檻で鋼鉄の鎖に縛られている。今は死んでいたら、死体をパリのモスクに持っていかれ、賎しいアラブ人に預けられて、もう一度、死んでいただろう。奴らが忌々しくて、顔も見たくない。でも、私にとって同じだ。死んでから、便所に捨てられても、構わない。楽になって、なによりだ。ただ、家で葬式が開催され、私の写真を置いて、みんな泣いたり、お菓子を配ったりするだろう。常識なえげつないことね。全てが馬鹿馬鹿しくて、虚しく見える。数人が私のことを礼賛して、数人も否定するだろうが、最後的に忘れられるだろう。私は可愛くない傲慢な人なんだ。
どんなに考えても、このまま生きていくのは無駄だ。私は社会の病原菌になってしまったんだ。有害な存在。世話をかける奴。ときどき狂気が盛り上がって、遠いところに、とても遠いところに、自分を忘れるところに、行きたくなる。忘れられて、迷って、なくなりたい。自分から遠くへ逃げて、シベリアにでも行って、木造の家の中に、松の木の間に、灰色の空の下に、雪に溢れているところにムジックたちと共に新しい生活を始めたい。それとも、インドへ行って、燃えている太陽の下に、繁茂な森林の中に、変わった人々の間に、誰も私を知らないところに、だれも私の言葉が理解できないところに行って、全てを自分の中に感じたい。でもこんなことの為に創造されていないことに気付く。そう、私は怠け者でlâcheなんだ。間違いに生まれてしまったんだ。両端に糞が付いた棒のように。ここに追い出されるんだ。あそこにも行けないんだ。自分の企画を全て諦めたのだ。恋愛、意欲、全てを無視した。もはや死人に属しているのだ。
時には、偉い企画を企んで、何でも出来る自信に溢れて、「そう、命を諦めて、全てを失った人こそが偉いことができるのだ」と自分に言い聞かせる。でもその後、「で?何の利益があると言うの?…狂気だ。ぜんぶ狂気だ。自殺しなさい。君は生きるために創造されていないんだ。哲学的なことを喋らないで。君は何の役にも立たないんだ。何も出来ないんだ」と自分に返す。どうして死は来てくれなかったんだろう?どうして楽になれないんだろう?一週間も自分を拷問して、なんの報いもないじゃない。毒も効かなかった。信じられない。何も食べず、寒さに苦しんで、お酢を飲み干したのに。毎晩寝るとき、もう結核に罹るだろうと思ったのに、翌朝起きると、ぴんぴんしていた。このことをだれに話せばいいんだろう?熱さえが出なかったんだ。夢も、大麻を吸った兆候もじゃなかった。全部をはっきり覚えている。いゃ、信じられない。
これを書いたら、少し落ち着いたんだ。慰めてもらった。背負っていた重い荷物を下してもらったような感じ。全てを紙に書ければ、よかった。自分の思いを他人に話して、理解させられば。ううん、ある感情は、いくつかのことは他人に理解させられないんだ。それを話せないんだ。馬鹿にされてしまうんだ。誰もが己の思考によって、気ままに他人を判断する。人間の言葉も、人間そのもののように不完全で、弱いんだ。
私は不死身である。毒は私に利かなかった。阿片を飲んでも、無駄だった。そう、私は不死身になってしまったんだ。もうどの毒も私に利かないのだ。私の苦労は全て無駄になってしまった。一昨日の夜、ムチャクチャニになっていないうちにけりをつけるようと決めたんだ。ベッドサイドテーブルの引き出しから、阿片のCachetsを出した。三つで、一本の阿片パイプに足りるぐらいの量だった。七時だった。下の人に紅茶を頼んで、飲んだ。八時まで、誰も会いに来なかった。ドアの鍵をかけて、、壁に付いている写真の前に立って、それを見た。何を考えたか知らないが、あの人は私の目に知らない人だった。「この人は誰?」と自分に聞いた。でも、見たことのある顔だった。会ったことが多かった。振り返った。反乱や恐怖や幸福を感じていなかった。やったこともやることも全て無益で空虚に思っていた。人生全体は馬鹿馬鹿しく見えていた。部屋に目をやった。何もあるべき場所にあった。押入れの鏡の前に行って、自分の血走った顔を見た。目を半分閉じて、口を少し開けて、頭を死んだように傾けた。明日の朝はこのように顔になると思った。まずはどんなに部屋のドアを叩いても、返事はない。昼間で、私が寝ると思うだろう。その後、ドアの鍵を壊して、部屋に入り込んで、この様になった私を見つけるだろう。その全てを一瞬で見た。
水のカップを手に取って、アスピリンのCachetだと自分に言い聞かせて、冷静に一つ目のCachetを飲んだ。慌てて、二つ目と三つ目も飲んだ。体に微かの振るえを感じて、口に阿片の匂いが付いて、心臓がドキドキした。半分吸ったタバコを灰皿に捨てて、チューインガムをポケットから出して、口に転がした。また自分を鏡の中で見た。部屋を見回した。全てがあるべき場所にあった。これで終わりで、れいのプラトンも私を蘇らせられないんだと自分に言い聞かせた。服を調えて、ベッドのそばの椅子の上に置いた。掛け布団の下に寝た。オーデコロンの匂いをしていた。電気のボタンを捻って、部屋が暗くなった。壁の一部やベッドの前部が窓のガラスの向こうから辿る淡い奇妙な光に少し明るかった。もう知らない。良くても悪くても、もうやったことなんだ。寝た。寝返った。誰かがお見舞いに来てしまうのが心配だった。ほっといてもらう為に、数夜も寝ていないと言っておいたのに。好奇心が強くなって、異常なことが起こったとか、楽しい旅行に行くような感じで、快く死んでいくのをしみじみと味わいたくて、集中していた。が、耳が部屋の外に傾いていた。足音が聞こえると、怯えていた。瞼を強く閉じた。十分か十分以上が経ったが、何も起こらなかった。いろんなことを考えて、気を紛らしていたが、後悔していなかったし、怖くなかった。そして、阿片がついに効くような気がした。まずは体がだるくなって、疲れているような感じがした。特に、お腹の周りに、ご飯はうまく消化されていない時のように。そしてね徐々にその疲労が胸と頭にも広がった。手を動かして、目を開いた。まだ意識があった。喉が渇いて、唾を苦しく飲み込んだ。心臓の動きが鈍くなって、気持ちのいい暖かい空気が体を出ているような気がした。特に体の凸の所から。指先や鼻先など。自殺しているんだと承知していた。これを望まない人もいるんだと思い出して、驚いていた。全てが甘くて、虚しくて、可笑しかった。「今は居心地が良くて、楽に死んでいくのだ。他の人は悲しくなっても、ならなくても、泣くても、泣かなくても、どうでもいいだろう?」と考えた。完成が欲しくて、阿片の効果を無駄にしてしまう行為や思考をしたくなかった。こんなに苦労したのに、生き残ってしまうのが怖かった。死が苦しくて、絶望して、救いを求めることを怯えていたが、どんなに苦しくても、阿片のお陰で大丈夫だと安心したのだ。眠って、何も言えなくて、動かない。それにドアの鍵が閉めてある…
そう、ちゃんと覚えている。こんなことを思った。時計の単調な音が聞こえて、旅館に行き来している人々の足音も聞こえていた。聴覚がより鋭くなっていたみたい。体が跳ねると感じていた。喉が渇いて、少し頭痛があった。ほぼ昏睡状態で、目が半分開いていた。呼吸が時に早くなって、時に遅くなっていた。体のあらゆる穴から、暖かい空気が出ていた。私もその空気を追って行っていたみたい。それは強度になってほしくて、説明できない恍惚状態に入っていた。好きなだけ考えていたが、動くと、その暖かさが出るのを妨げてしまう気がしていた。居心地良く寝れば、寝るほど楽だった。右手を体の下から出して、寝返って、仰向けに寝た。ちょっと気分が悪くなったが、また前の状態に戻った。阿片の効果はもっと高めていた。死をちゃんと感覚したかった。感情がより激しくなって、まだ寝ていないことに驚いていた。私の存在が全て快く身体を出るようだった。心臓の動きが鈍くなって、呼吸が遅くなっていた。二三時間も経っただろう。そのうち誰かがドアを叩いた。隣の人だと分かって、返事せず、動こうとしなかった。目を開いて、また閉じた。彼の部屋のドアが開く音が聞こえた。彼は手を洗って、口笛を吹いていた。前部が聞こえて、快いことを考えようと頑張った。去年のことを考えた。船の中に座っていた。ミュージックのパフォーマンス、海の波、船の動き、私に前に座っている美人。思考に耽っていた。翼が生えていたように空間を飛んで回っていた。説明できないほど身軽くなっていた。普通の光は阿片の恍惚のお陰でシャンデリアの光になって、いろんな色に見えるのだ。こうして頭の中に浮かんでくる無益で軽やかな思いも不思議で魅力的になる。どんな空しい思いも壮大になって、時間の経過を感じられないのだ。
体がとても重くなってきて、思考がもう体の上に浮かんでいた。でも、眠っていな気がしていた。まだ覚えている、阿片の最後の恍惚は足が冷たくて、無感覚になって、体が動かず、遠くへ行く感じだったが、その効果が終わってしまうと、私は果てのない悲しみに占められて、意識が戻ってくるような気がした。体が寒くなって、半時間以上も激しく震えた。歯のガタガタ音が聞こえていた。その後、熱が出た。燃えるような熱で、汗が流れた。心臓が詰まる感じがして、呼吸が苦しかった。全てが無駄になって、望んでいた通りにならなかったと思った。自分の不死身さに驚いて、ある陰気な力や説明できない不幸が私と戦っているのに気付いた。苦労して、上半身を起こして、ライトのボタンを捻って、電気を点けた。なぜか手をベッドサイドテーブルの上にあった小さな鏡に伸びて、自分をその中に見た。顔が炎症して、ベージュ色になっていた。目から涙が零していた。心臓が激しく詰まっていた。少なくとも心臓を壊したんだと自分に言い聞かせて、電気を消して、ベッドに体を下ろした。
いゃ、心臓が壊れていなかった。今日はその具合が良くなったのだ。そう、バムの茄子は害虫が付かないんだ(諺)。先生が来て、心臓の動きを聞いて、脈拍を測って、舌を診て、温度計を口に入れた。世界中の医者が来る途端やる同じ形式的こと。私にキニーネとクエン酸ナトリウムを処方して、私の病が何かぜんぜん分からなかった。誰も私の病が何か理解できないんだ。こんな薬が馬鹿馬鹿しい。あそこテーブルの上に七、八種類の薬も並べてある。心の中に笑った。なんて劇場だ。
時計は耳のすぐそばに音を立てるんだ。外から車と自転車の騒音ホーンが聞こえてくる。壁紙に目をやる。模様は紫色の細い葉と白い花の房で、その茎に二羽の黒い鳥が座って、お互いに向き合っている。頭の中が空っぽで、お腹が変な感じがする。おまけに体がボロボロ。ドレッサーの上に投げ捨てた新聞が変な形をしている。見ると、異常に見える。自分もだ。どうしてまた生きているんだろう?どうして呼吸しているんだろう?どうしてお腹が空いているんだろう?どうして食事するんだろう?どうして歩くんだろう?どうしてここにいるんだろう?ここに見える人たちが誰で、何の用だろう?
今はよく自分のことを知っている。除去もなく付加もなく自分そのままを。何も出来ず、疲れて、挫けて、ベッドの中に横たわっている。頭の中に思いの渦が何時間もぐるぐる回っている。いつもの絶望の渦が回って、もう飽きている。自分の創造に驚いている。自分の存在を感じるとは、なんと悲しくて恐ろしい。鏡の中を見て、自分を笑う。自分の顔が、知らない顔で可笑しく見える…
何度も考えた。私は不死身になってしまったんだ。物語で語る不死身は、私のことだ。奇跡だ。今になって、どんな迷信もどんなでたらめも信じる。不思議な思いが目の前を通る。奇跡だ。神は果てのない残酷さで二種類の生物を創造したんだだと分かってきた。幸せな人と不幸な人。一つ目の種類を応援して、二つ目の種類に自分の手で苦しみや不幸を増やさせるのだ。なにか粗暴な力が、不幸の天使が、ある人たちと共にいるのを今になって、信じている。
とうとう一人になった。先生が帰ったばかりだ。紙とペンを取って、書くつもりだ。何をか分からない。書くことはない、それともたくさん書きたくて、書けないんだ。これも一つの不幸だな。知らない。泣けない。泣けていたら、すっきりしたかも知れない。が、できない。狂人とそっくりになってしまった。鏡の中で、髪の毛が縮れて、目に生気がないのを見た。顔がこうではないべきだと思う。思う顔が本当の顔と違う人が多いんだ。自分が嫌だってことぐらいが分かる。食べると自分が嫌い。歩くと自分が嫌い。考えると自分が嫌い。なんと粘り強い。なんとおぞましい。いゃ、これは人間を超える力なのだ。畜生だ。今になって、何でもを信じる。シアン化カリウムを飲んでも、私に利かなかった。阿片を飲んで、まだ生きている。龍に噛まれても、死ぬのは龍のほうだ。ううん、誰も信じるまい。毒は期限切れていたというの?量が足りなかった?多すぎだった?医書に読んだ量が間違っていた?私の手の中に毒も解毒剤に変わってしまう?知らない。こんなことを考えるのは百度目だ。サソリを火で囲んだら、自分を刺すと聞いたことがあるのを覚えている。私の回りにも火の丸はないだろうか?
部屋の窓の向こうに、樋が雨に満ちた切妻屋根の上に、二羽の雀が座っている。一羽が嘴を樋の水に入れて、頭を上げる。もう一羽がそばにむっと座って、羽の中を探る。私は動くと、二羽もチュンチュンと鳴って、一緒に飛んでいった。天候は曇りだ。ときどき雲の向こうから淡い日光がさしてくる。前の建物が全て煙ったくて暗くて憂く、重いような曇天の下に残っている。街の音が、遠くて淡く聞こえる。
あの意地悪いトランプが、私を騙した嘘つきなトランプが、あそこ机の引き出しの中に入っているのだ。もっとも可笑しいのはまだそのトランプで占っているということだ。
仕方がないだろう?運命のほうが私より強いんだ。
人間が得た経験を持ちながら、再び生まれて、人生を営むことが出来たら、いい。けど、人生とは?私がそれを決めるのか?無駄じゃないか?我々は禍々しくて恐ろしい力に経営されているのだ。ある人たちが定めを不気味な星に決められて、滅ぼされて、滅びたいのだ…
もう夢も憎しみもない。人間らしいことを全てなくしたんだ。なくなるのを無視した。人生では、天使か人間か動物になるしかないない。が、私はどれもにならず、我が人生を永遠に失ってしまった。私はにわがまま、不器用で不幸に生まれていて、引き換えて、別の道を行ってみるのが無理だった。もう虚しい幻を追って、人生と戦えないんだ。真実の中に生きていると思うあなた達、根拠でもあるのか?私はもう許したくも、許されたくもない。左にも、右にも曲がりたくない。将来に目を閉じて、過去を忘れたいんだ。
ううん、運命から逃げられないんだ。この狂った思考、感情や儚い想いが事実じゃないか?少なくとも、合理した考えより、自然に見える。自由だと信じているのだが、運命に対してぜんぜん抵抗できない。私の手綱がそいつの手の中にあって、私を八方に引いて行かせるのは運命だ。下品さ。避けない、人生の下品さ。叫ぶことが出来ないし、戦うことも出来ないんだ。人生の馬鹿。
今は、もう生きていなくて、夢も見ない。好むことも、嫌うこともしない。私は死がお馴染みで、親しくなってきたのだ。私のたった一人の友達で、慰めてくれる唯一のものなのだ。モンパルナス墓地を思い出す。もう死人を羨まない。私も彼らの世界に含まれているのだ。私も彼らと一緒で、一人の生き埋めだ…。疲れている。なんてでたらめを書いてしまった。「去って行ってよ、馬鹿。紙とペンを捨てろ。ナンセンスはもういい。黙って、これを破れろ。このでたらめが誰かの手に入ったら、どう判断されると思う?」と自分に言い聞かせる。でも、私には建前がなくて、構わないし、世の中とそのマフィアに笑う。彼らはどんなに厳しく私のことを判断しても、私がもっと厳しく自分のことを判断したのを知るまい。彼らは私に笑うけど、私がもっと彼らに笑うのを知るまい。私は自分も、このでたらめを読む読者も忌んでいるのだ。

×××××

この手書きと一つの紙束が彼の机の引き出しに入っていた。が、彼はベッドの中に横たわっていて、呼吸するのを忘れていたのだ。

サーデグ・へダーヤト
パリ・一九三〇年四月二日

Sadegh Hedayat-1002

偉丈夫

標準

Fatemi1

著者 : ファーテミ・ホセイン

翻訳家 : 甘味屋

Hossein_Fatemi_iran

 

緊縛や奴隷制の重い鎖を破ろうとしている社会と国民にとっては、このような苦しみや命を落とすこと、そして犠牲を払うことはいかにも普通で日常的なことに思われるべきである。どのイラン人の若者の胸にも永遠に燃えるべき唯一の聖なる炎は、社会を解放して、国を植民地支配、貧困や不幸、そして残虐と弾圧の爪から救う道に命を懸けるという純粋なる立派な夢・目標である。

死は二種類である。居心地のいいベッドの中の死、そして自尊心と誇りの為の死。不徳と戦う道に命を落とすことを私は神様に感謝しておる。この道に命を落として、植民地主義に襲われて、虐げられた国民に対して恩に着ることを神様に感謝しておる。運動の戦士どもの各々方が戦い続けるとお祈りする。