月別アーカイブ: 1月 2014

生き埋め

標準

sadeghhedayat

著者 : サーでグ・へダーヤト

翻訳家 : 甘味屋

PDF:  生き埋め

 

『生き埋め』

 ある狂人の日記から…

息が吸いにくい。目から涙がこぼれて、口がまずい。吐き気がする。頭がフワフワする。胸が詰まっている。体が重くて、だるい。だらけて、ずっとベッドの中に横たわっている。両腕に注射器の跡が残っている。ベッドは汗や熱の匂いがしている。ベッドのそばのナイトスタンドの上にある時計を見る。日曜日・十時。まん中にランプが吊っている天井や部屋の壁を見る。壁紙の模様がバラのブッシュで、ところどころに二羽の黒い鳥がお互いに向き合って、一羽の嘴が何かを喋っているように開いている。この模様に苦悩さされ、どの方に寝返っても、目の前にある。部屋の机の上に瓶や火縄、薬の箱だらけだ。部屋中に燃えたアルコールの臭い、体調不良の臭いが漂っている。窓を開こうと起き上がろうとするが、ある盛り上がる怠惰にベッドに貼られている。タバコを吸おうとするが、欲望がない。濃くなった髭を剃ってから、まだ十分も経ってない。来て、体をベッドに下ろした。鏡に自分が激やせしたのを見た。歩くのに苦労をしていた。部屋が散らかっている。私は孤独なのだ。
三千の不思議な思いが頭の中を巡り回っている。その全部がはっきり見えるが、最小の想像や感覚を書くにも、我が人生を最初から最後まで語らなくてはならない。で、それは不可能なのだ。この思考と喜怒哀楽は、私の一生の結果、聞いた、読んだ、感覚した、そして考えたのが重なってきて、成長した結果なのだ。その全部が私という馬鹿馬鹿しい架空の存在を作ったのだ。
ベッドの中で寝返って、思い出のページを捲る。散漫で狂った思考は頭脳に圧力をかけ、頭の後ろが痛くなって、ズキズキする。こめかみが熱くなって、苦しむ。頭蓋を開けて、この捻れる灰色の質量をぜんぶ頭から取って、捨てられたら、よかった。捨てて、犬にでもやる。
誰も理解できない。誰も信じない。もうどうすることもできない人は「死んだら?」と言われる。でも、死も受け取らなくて、背を向ける時は、何をすれば、いいんだろう。来ない、来るつもりもない死…
みんなは死を恐れて、私はこの粘り強い人生を。死に断られるのはこんなにおぞましいとは。唯一の慰めは、オーストリアで誰かが十三回も色んな方法で自殺したんだと、二週間前に新聞で読んだことだ。首を吊ったら、ロープが敗れ、川に飛び込んだら、救出され、いつも自殺が失敗したが、とうとう家に一人になったとき、ナイフで体のあっちこっちの血管を刺し切って、十三回目に自殺が出来たんだって。
この話は私を慰めてくれる。
いゃ、誰も自殺しようと決めるんじゃないんだ。自殺はある人たちと共にある。彼らの人格と性質の中に棲んでいて、その自殺から逃げられないのだ。支配するのが運命で、運命を作ったのが私だが、自分が作った運命から、逃げられない。自分から逃げられない。
仕方がないじゃない?運命のほうが私より強いんだ。
いろんな衝動に誘惑される。ベッドの中で寝るまま、子供になりたくなって、私に物語を語りながら、唾を飲んでいた、花のおばあちゃんがベッドの上に座っていて、私が眠くなるまで、物語を大袈裟に語ってほしくなった。考えて、子供のごろのところどころをはっきり覚えているのが分かる。まるで昨日のことなんだ。子供のごろはそんなに遠くないのに気が付く。そして、今の自分の暗くて虚しい、卑劣の人生を見る。あの過去は幸せだったか?いいえ。なんと甚だしい間違い。みんな子供が幸せだと勘違いしている。ううん、よく覚えている。あのごろはもっと敏感だった。卑屈でずる賢くて、笑ったり遊んだりするように見えていたかも知れないが、実は、微かの痛烈な非難や不快な事象を深く受け入れて、何時間もそれについて考えて、自分を苦しめていた。私のこの忌々しい人格がくたばれば、いい。極楽と地獄が人の中にあるんだと主張する人たちの言うとおりだ。ある人たちは楽しく生まれて、ある人たちは気分が優れなく生まれてしまうんだ。
手に持って、ベッドの中で書く小さな赤いペンを見る。このペンで、待ち合わせの場所を書いて、知り合ったばかりの少女に渡したんだ。二、三度一緒に映画館へ行ったんだ。最後に行ったのは「歌手と話者」の映画で、シカゴの名歌手も歌を歌ってたんだ。Where is my Silvia ?って。興奮して、目を閉じて、聞いてたんだ。彼の素晴らしくて、印象的な声が未だ耳の中に響いている。映画館そのものが震えていた。彼は死んではいけないと思って、いつかこの声が消えてしまうなんて信じてもいなかった。興奮するにもかかわらず、その悲しい口調で寂しくなってきた。低音と高音の音が漂って、バイオリンの呻きは、バイオリンの弓が私の皮膚に音をかけるような感じをして、私を広い荒野に連れていていった。暗闇の中に、あの少女の胸を触って、揉んでいた。彼女の目が眠そうになっていた。私も不思議な気分になっていた。うまく説明できない快い寂しい気分。彼女の鮮やかな唇にキスをして、彼女の頬が赤くなっていたのだ。お互い、体を押したり揉んだりして、映画の内容なんかが分からなかった。私は彼女の手と遊んで、彼女は体を私に貼り付けていたのだ。今は、全てが夢に過ぎなかったみたい。別れてから、九日もなる。彼女を翌日部屋に連れてくると約束した。彼女はモンパルナス墓地の近くに住んでいた。同日、彼女を連れてきに行った。地下鉄を出ると、寒い風が吹いて、空が曇っていた。そこで、なぜか分からないけど、気が変わった。彼女が醜いか、私が彼女のことが好きじゃないわけじゃなかった。ただ、何かに抑えられた。いゃ、もう彼女に会いたくなくて、愛着を全て消したかった。不随意に墓地に向かった。扉のそばに立っている警官は身を紺色のケープに包んでいた。奇妙な沈黙がそこを支配していた。私はゆっくり歩いて、墓や上にのっているクロス、花瓶の中にある造花や墓の上と回りにある緑を眺めていた。墓誌に書いてある名前を読んだりして、彼らに代われないのを嘆いていた。「彼らはどけだけ幸せだったんだろう」と考えて、土の下で腐乱した死人を羨んでいた。こんな激しい嫉妬が初めてだった。死は、誰でも簡単にもらえない恵みに見えて、どれだけの時間が経ったか知らないが、そこをじっと眺めていた。少女を完全に忘れて、寒さを感じていなかった。死人のほうが生きている人より私に近いような感じだった。彼らの言葉のほうが分かりやすい。帰ってきた。もう彼女に会いたくなかった。全ての物や人から離れたくて、絶望して、死にたかった。くだらない思いが頭に来てしまうな。でたらめ言っているかも。
数日前から、トランプで占っていた。なぜか分からないけど、迷信を信じるようになって、本気で占っていた。というか、それしかやることはなかった。それしか出来ることはなかった。自分の将来とギャンブルするつもりだった。気付いたら、三時間半もずっとトランプで占っていたんだ。まずはシャッフルして、テーブルの上に一枚を表向きに、五枚を裏向きに置いていた。そして、裏向きであった二枚目の上に一枚を表向きに、また順番に四枚を裏向きに置いていたのだ。こうして、最後に六つ目の欄にも表向きのトランプがあって、続いて、黒い模様のカードと赤い模様のカードを一枚ずつ、キング・クイーン・ジャック・十・九・などという順番で並んでいた。開いた欄の裏向きのカードを表に向けて、適当なカードが出ると、それを空の欄に置いていた。六つの欄より過ぎないように。うまく行くと、同じ色で同じスートのカードがちゃんと並ぶようにエースをその空の欄に置いていたのだ。このトランプの占いを子供のとき習って、それで時間を潰していた。
七、八日間前、喫茶店で座っていた。私の前に二人の人がバックギャモンで遊んでいた。その一人が「ギャンブルに勝ったことはない。十回のうち、九回負けちまうんだ」と、禿げて、赤い顔をして、口髭の下にタバコが付いて、アホ面で彼の話を聞く相手に言った。私は唖然とした顔で彼らを見つめた。何を言いたかったかな。忘れた。とにかく、そこを出て、路地を漫然に歩き出した。目を閉じて、車の前に出て、潰されようと何度も考えたけど、あまりにも辛い死で、諦めた。おまけに、楽になる保証はない。また生き残ってしまうかも知れない。この思いが私を狂わせる。そう考えて、交差点や賑やかなところを渡っていたんだ。行き来する群衆、馬の馬蹄や馬車の騒音と車のホーンに囲まれて、私は独りぼっちだった。何百万人の人の中に、ボロボロの小船に座って、海の真ん中に迷っているような気分だった。無様に人間の社会から追い出された気分。自分が生活するために創造されていないのが見えて、それはなぜかと考えて、単調に歩いていた。油絵が展示されているショーウィンドウの前に立って、画家にならなかったことを後悔していた。それは私が好む唯一の仕事だった。絵を見て、考えていた。絵だけは私を慰めてくれる。一人の郵便屋が眼鏡の奥からなにかの紙を見ながら、私のそばを通った。それは何かって?イランの郵便屋さんを思い出した。いつも家に来ていた郵便屋さんを。
昨夜のことだ。目を強く閉じていたが、眠れていなかった。バラバラの思いや扇情的なシーンが目の前に浮かんでいた。夢じゃなかった。まだ眠っていなかったから。悪夢だった。睡眠も覚醒もじゃなかったが、ちゃんとそれが見えていた。体が弱くて、重くなってきて、おまけに頭も痛かった。おぞましい夢が目の前を通って、冷や汗をかいていた。紙の束が空気に開いて、紙が一枚一枚落ちて、そこを顔の見えない一隊が通っていた。暗くてひどい夜は怒っている恐ろしい者に溢れていた。目を閉じて、死に降伏とようとすると、こんな奇妙なイメージが現れていた。回る火山の丸、川に浮かぶ死体、どこからにも私を見つめる目。狂って、怒っている塊は私を襲っていたのを覚えている。柱に縛られた男が血まみれの顔で私を見て、笑って、歯を輝やかせていた。コウモリが冷たい翼で私の顔を叩いていた。細いロープに歩いて、その下の渦に落ちかけて、叫んでいた。一本の手が私の肩を触れて、凍った手に首を絞められ、心臓が麻痺するって気がしていた。呻き、夜の暗闇の置くから辿ってくる禍々しい呻き。現れて、消える顔。私は何をすれば、よかったの?とても近かったのに、とても遠かった。夢じゃなかった。まだ眠っていなかったから。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
皆を馬鹿にしているか自分を馬鹿にしているかよく分からないが、一つは私を狂わせる。笑いは止まらない。喉が笑いに詰まることもある。私の病は何だったか、結局だれも分からなかった。みんな騙されたんだ。一週間前、病気だってフリをする。それとも、妙な病を患っている。漫然にタバコを取って、火を点ける。どうして、タバコを吸うんだろう?知らない。左手の二本の指の間に握るタバコを口に付けて、その煙を吹きだす。これも病なんだ。
今は考えてみる、体が震える。一週間もなっていた。自分を本気でいろんな手で拷問していた。体調を悪くしたかった。数日前から寒くなっていたのだ。お風呂の窓を開けっ放しして、冷たいシャワーを浴びた。思い出すと、忌々しい。呼吸できなくて、背中や胸が痛くなった。今度こそ終わりだと思った。明日は酷いインフルエンザに罹り、ベッドを出られなくって、それを悪化させ、自分を始末するんだって。ところが、翌朝起きると、ぜんぜん風邪を引いたようではなかった。薄い服を着て、日が暮れると、部屋のドアを閉めて、電気を消し、窓を開けて、寒さを受け入れた。寒い風が吹いていた。過度に震えていて、歯がガタガタなるのが聞こえていた。外に目をやった。行き来する人々がいた。走っている車が六階から小さく見えていた。裸の体を寒さに襲わせ、苦しんでいた。その時は狂ってしまったって考えが頭に浮かんだ。自分に笑っていた。人生に笑って、誰も死が訪れるまでなにかの演技をするんだと分かっていた。私もあんな演技をして、これで死がもっと早く来るんだろうと思っていた。唇が乾いていた。汗をかくほど体を温めて、いきなり服を脱いで、寝て、夜を震えながら過ごして、ぜんぜん眠れなかった。少し風邪を引いたが、寝ると、風邪がすぐ治っちゃった。この手も無駄だった。三日間も何も食べずに、夜を裸に窓の前に過ごした。自分を疲れさせて、へっているお腹でパリの路地を一晩走ったこともある。くたくたに疲れて、細い路地で冷たくて湿っぽいステップに座った。真夜中を過ぎていた。酔っ払い工員が私の前を通った。ガス燈の淡くて奇妙な光の前を、話をしながら通るカップルが見えた。私も立ち上がって、出発した。道のペンチにホームレス達が眠っていた。
つい衰弱で入院したが、病気じゃなかった。友だちがお見舞いしてくれて、彼らの前に具合が悪い顔をして、可愛そうに思われていたのだ。明日は死ぬだろうと思っていたのだ。心臓が痛いと言って、彼らは病室を出ると、心の中で彼らを笑っていた。この世に一つだけは上手くできるかも知れないと思っていた。演劇の役者になれば、よかった。
どうやって、お見舞いする友達の前と同じく、先生どもの前にも具合が悪い縁起が出来たんだろう。本当に具合が悪いとみんなは信じていた。何を聞かれても、心臓が痛いと答えていた。なぜなら、心臓麻痺だけは突然死に至って、ただの共通がいきなり殺さない。
奇跡だった。今、考えてみると、妙な気分になる。七日間前から自分を拷問して、友だちの強請りに負けて、大家さんにお茶を頼んで、飲んだら、すぐに治っていた。病気が完全に治って、恐ろしかった。お茶のそばに置いてあるパンを食べたかったのに、残していた。毎晩、今度こそ入院して、もうベッドを離れられないだろうと思い、阿片のCachetsを持ってきて、ベッドサイドテーブルの引き出しに入れ、ちゃんと動けなくなったときそれを飲むつもりだった。しかし、運の悪いことに具合が悪くならなくて、なろうともしていなかった。一度、友達の前に仕方なくパンを食べて、具合が完全によくなった気がした。自分を怯えた。自分の頑固さを怯えた。おぞましい。信じられない。今は認識があって、書くのだ。でたらめではない。はっきり覚えている。
私の中に生じた能力はいったい何だったんだろう?どの手を使っても、無理だったので、本当の意味で具合を悪くするんだと決心した。そう、猛毒があそこに、鞄の中にあるんだ。急性毒。あの雨が降る日数切れないほどの嘘を付いて、偽った名前と住所を使って、それを写真撮影の毒性物質として買ったのを覚えている。医学書で読んで、兆候をよく知っていた「シアン化カリウム」。痙攣、呼吸困難、空腹なら死。二十グラムはすぐ、それとも二分以下で殺す。空気に触れないようにそれをチョコレートのアルミ箔の中に包んで、更にそれを蝋で覆われ、瓶の中に入れていたのだ。量が百グラムで、それを宝石のように扱っていた。しかし、運のいいことに、もっとすごい物を手に入れたのだ。密輸された阿片、しかもパリで。ずっと探していた阿片をぐうぜん手に入れたのだ。阿片で自殺したほうが、あの毒より楽だと読んだことがあった。それで、自分を弱めて、阿片を飲むと決めていた。
シアン化カリウムを開けて、その卵みたいな奴から二グラムを削って、それを空のCachetに入れた。そして、封をして、それを飲んだ。半時間が経った。別に何も感じなかった。今度は五グラムを削って、Cachetに入れて、飲み、ベッドの中に寝た。もう二度と起きるまい気で寝た。
どんな人もこの思いに狂ってしまう。そう、毒は効かなかったのだ。今は生きていて、毒はあそこ鞄の中にある。ベッドの中で苦しそうに呼吸しているが、これは毒の兆候ではない。私は不死身になってしまったんだ。物語でよく語る、れいの不死身。信じられないんだけど、とにかく去って行かなければならない。虚しいんだ。この人生は無意味で無駄で無用になって、いっこくも早く世の中を去って行かなければならない。今度は冗談ではない。どんなに考えても、何も私をこの人生に結んでいないのだ。何も、誰も…
一昨昨日、狂ったように部屋を歩き回っていた。壁にかけたた服、の洗面器、押入れの中の鏡、壁に付いている写真、ベッド、部屋のまん中にある机とその上に落ちている本、椅子、押入れの下にある靴、部屋の隅にあるスーツケースが何回も何回も目の前を通った。でも、私はそれを見ていなかった。それとも、気付いていなかった。何を考えてたんだろう?さあ。無駄に歩いていた。ふと我に返った。この野性の歩き方をどこかに見たことがある気がして、思えだそうとした。どこだっただろう。思い出した。ベルリンの動物園で初めて猛獣を見たときのことだった。起きている猛獣はまさしくこのように檻の中を歩いていた。私もあの猛獣のようになっていて、彼らのように考えていたかも知れない。すごくあの猛獣たちに似てる気がした。無駄に歩き回って、壁にぶつかると、振り返っていた。あの猛獣のように…
何を書いているのか分からない。耳のそばに時計のカチカチ音がして、それを取って、窓から投げ捨てたい。時間の経過をハンマーで頭の中に打つ、この恐ろしい音を。
一週間前から、死の準備をしている。書いたテキストや書類を全て根絶していた。死んでから、持ち物を探られるとき、汚い物が見つからないように、汚れの付いている服を捨てていたのだ。ベッドの中から出されて、先生が診に来るとき、お洒落に見えるように、買ったばかりの新しい下着を着た。オーデコロンの瓶を手に取って、ベッドの中に、いい匂いがする為にスプレーした。しかし、あくまでも他人と違っている人なので、今度も自信がなかった。自分の頑固さを怯え、今度は勝ち目が薄いような気がして、誰もこう簡単に死なないと分かっていた…
身寄りの写真を出して、観た。どなたも自分が想像したイメージとぴったりに見えた。彼らが好きで、好きじゃなかった。彼らに会いたくて、会いたくなかった。ううん、やっぱり思い出がはっきり過ぎで、写真を破った。愛着なんかがなかった。自分のことを審査してみた。親切な人じゃなくて、頑強で嫌悪者に創造されていたのだ。こう創造されていなかったかも知れない。少しも人生に変えられてしまったのだ。死も怖くなかった。逆に、中に生じた病気や狂気に死の磁気に引き寄せられていた。これも昔からのことだ。一つの思い出を思い出した。五、六年前のことだ。ある日、テヘランで朝早く阿片を買いに王繁条にある薬種屋に行った。三トマン(一トマンは十ゲラン)の弊紙をカウンターに置いて、「阿片は二ゲラン下さい」と言った。髭をヘナ染めして、頭にキッパを被ったおじさんが、私を知っているか私の考えを読めるように尻目で私を見て、「返す小銭はない」と返した。二ゲランのコインを出したが、おじさんは「違う。売るまい」と言った。理由を聞くと、「おまいさんは世間知らずな若者だ。これを飲んで、依存者になるかも知れぬわい」と言われて、もう強請らなかった。
いゃ、誰も自殺しようと決めるんじゃないんだ。自殺はある人たちと共にあって、彼らの人格と性質の中に棲んでいるのだ。そう、誰も己の定めが額に書いてあり、自殺はある人たちと一緒に生まれたのである。私はいつも人生を蔑んで、世の中や人々が総て虚しくて無意味なものに見えたのだ。寝たくて、もう起きなくて、夢も見たくなかったが、世間の目に自殺が非常識な行為なので、自分の具合を悪くして、体がボロボロになったら、阿片を飲んで、自殺することにした。「病気になって、死んじゃった」と言われるように。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ベッドの中にメモを書く。午後三時だ。二人が訪問に来て、帰った。今は一人だ。目眩がするが、快の状態だ。お腹の中に一杯の牛乳と紅茶があって、体がだるくて、不快に温かい。蓄音機で聞いた、いい曲がある。覚えている。その音楽を口笛で鳴ろうとするが、できない。また聞けば、いいな。今は人生が好きでも嫌いでもない。気力がなくて、生きている。生きる欲望もなくて、異常な力に保持されているのだ。人生の檻で鋼鉄の鎖に縛られている。今は死んでいたら、死体をパリのモスクに持っていかれ、賎しいアラブ人に預けられて、もう一度、死んでいただろう。奴らが忌々しくて、顔も見たくない。でも、私にとって同じだ。死んでから、便所に捨てられても、構わない。楽になって、なによりだ。ただ、家で葬式が開催され、私の写真を置いて、みんな泣いたり、お菓子を配ったりするだろう。常識なえげつないことね。全てが馬鹿馬鹿しくて、虚しく見える。数人が私のことを礼賛して、数人も否定するだろうが、最後的に忘れられるだろう。私は可愛くない傲慢な人なんだ。
どんなに考えても、このまま生きていくのは無駄だ。私は社会の病原菌になってしまったんだ。有害な存在。世話をかける奴。ときどき狂気が盛り上がって、遠いところに、とても遠いところに、自分を忘れるところに、行きたくなる。忘れられて、迷って、なくなりたい。自分から遠くへ逃げて、シベリアにでも行って、木造の家の中に、松の木の間に、灰色の空の下に、雪に溢れているところにムジックたちと共に新しい生活を始めたい。それとも、インドへ行って、燃えている太陽の下に、繁茂な森林の中に、変わった人々の間に、誰も私を知らないところに、だれも私の言葉が理解できないところに行って、全てを自分の中に感じたい。でもこんなことの為に創造されていないことに気付く。そう、私は怠け者でlâcheなんだ。間違いに生まれてしまったんだ。両端に糞が付いた棒のように。ここに追い出されるんだ。あそこにも行けないんだ。自分の企画を全て諦めたのだ。恋愛、意欲、全てを無視した。もはや死人に属しているのだ。
時には、偉い企画を企んで、何でも出来る自信に溢れて、「そう、命を諦めて、全てを失った人こそが偉いことができるのだ」と自分に言い聞かせる。でもその後、「で?何の利益があると言うの?…狂気だ。ぜんぶ狂気だ。自殺しなさい。君は生きるために創造されていないんだ。哲学的なことを喋らないで。君は何の役にも立たないんだ。何も出来ないんだ」と自分に返す。どうして死は来てくれなかったんだろう?どうして楽になれないんだろう?一週間も自分を拷問して、なんの報いもないじゃない。毒も効かなかった。信じられない。何も食べず、寒さに苦しんで、お酢を飲み干したのに。毎晩寝るとき、もう結核に罹るだろうと思ったのに、翌朝起きると、ぴんぴんしていた。このことをだれに話せばいいんだろう?熱さえが出なかったんだ。夢も、大麻を吸った兆候もじゃなかった。全部をはっきり覚えている。いゃ、信じられない。
これを書いたら、少し落ち着いたんだ。慰めてもらった。背負っていた重い荷物を下してもらったような感じ。全てを紙に書ければ、よかった。自分の思いを他人に話して、理解させられば。ううん、ある感情は、いくつかのことは他人に理解させられないんだ。それを話せないんだ。馬鹿にされてしまうんだ。誰もが己の思考によって、気ままに他人を判断する。人間の言葉も、人間そのもののように不完全で、弱いんだ。
私は不死身である。毒は私に利かなかった。阿片を飲んでも、無駄だった。そう、私は不死身になってしまったんだ。もうどの毒も私に利かないのだ。私の苦労は全て無駄になってしまった。一昨日の夜、ムチャクチャニになっていないうちにけりをつけるようと決めたんだ。ベッドサイドテーブルの引き出しから、阿片のCachetsを出した。三つで、一本の阿片パイプに足りるぐらいの量だった。七時だった。下の人に紅茶を頼んで、飲んだ。八時まで、誰も会いに来なかった。ドアの鍵をかけて、、壁に付いている写真の前に立って、それを見た。何を考えたか知らないが、あの人は私の目に知らない人だった。「この人は誰?」と自分に聞いた。でも、見たことのある顔だった。会ったことが多かった。振り返った。反乱や恐怖や幸福を感じていなかった。やったこともやることも全て無益で空虚に思っていた。人生全体は馬鹿馬鹿しく見えていた。部屋に目をやった。何もあるべき場所にあった。押入れの鏡の前に行って、自分の血走った顔を見た。目を半分閉じて、口を少し開けて、頭を死んだように傾けた。明日の朝はこのように顔になると思った。まずはどんなに部屋のドアを叩いても、返事はない。昼間で、私が寝ると思うだろう。その後、ドアの鍵を壊して、部屋に入り込んで、この様になった私を見つけるだろう。その全てを一瞬で見た。
水のカップを手に取って、アスピリンのCachetだと自分に言い聞かせて、冷静に一つ目のCachetを飲んだ。慌てて、二つ目と三つ目も飲んだ。体に微かの振るえを感じて、口に阿片の匂いが付いて、心臓がドキドキした。半分吸ったタバコを灰皿に捨てて、チューインガムをポケットから出して、口に転がした。また自分を鏡の中で見た。部屋を見回した。全てがあるべき場所にあった。これで終わりで、れいのプラトンも私を蘇らせられないんだと自分に言い聞かせた。服を調えて、ベッドのそばの椅子の上に置いた。掛け布団の下に寝た。オーデコロンの匂いをしていた。電気のボタンを捻って、部屋が暗くなった。壁の一部やベッドの前部が窓のガラスの向こうから辿る淡い奇妙な光に少し明るかった。もう知らない。良くても悪くても、もうやったことなんだ。寝た。寝返った。誰かがお見舞いに来てしまうのが心配だった。ほっといてもらう為に、数夜も寝ていないと言っておいたのに。好奇心が強くなって、異常なことが起こったとか、楽しい旅行に行くような感じで、快く死んでいくのをしみじみと味わいたくて、集中していた。が、耳が部屋の外に傾いていた。足音が聞こえると、怯えていた。瞼を強く閉じた。十分か十分以上が経ったが、何も起こらなかった。いろんなことを考えて、気を紛らしていたが、後悔していなかったし、怖くなかった。そして、阿片がついに効くような気がした。まずは体がだるくなって、疲れているような感じがした。特に、お腹の周りに、ご飯はうまく消化されていない時のように。そしてね徐々にその疲労が胸と頭にも広がった。手を動かして、目を開いた。まだ意識があった。喉が渇いて、唾を苦しく飲み込んだ。心臓の動きが鈍くなって、気持ちのいい暖かい空気が体を出ているような気がした。特に体の凸の所から。指先や鼻先など。自殺しているんだと承知していた。これを望まない人もいるんだと思い出して、驚いていた。全てが甘くて、虚しくて、可笑しかった。「今は居心地が良くて、楽に死んでいくのだ。他の人は悲しくなっても、ならなくても、泣くても、泣かなくても、どうでもいいだろう?」と考えた。完成が欲しくて、阿片の効果を無駄にしてしまう行為や思考をしたくなかった。こんなに苦労したのに、生き残ってしまうのが怖かった。死が苦しくて、絶望して、救いを求めることを怯えていたが、どんなに苦しくても、阿片のお陰で大丈夫だと安心したのだ。眠って、何も言えなくて、動かない。それにドアの鍵が閉めてある…
そう、ちゃんと覚えている。こんなことを思った。時計の単調な音が聞こえて、旅館に行き来している人々の足音も聞こえていた。聴覚がより鋭くなっていたみたい。体が跳ねると感じていた。喉が渇いて、少し頭痛があった。ほぼ昏睡状態で、目が半分開いていた。呼吸が時に早くなって、時に遅くなっていた。体のあらゆる穴から、暖かい空気が出ていた。私もその空気を追って行っていたみたい。それは強度になってほしくて、説明できない恍惚状態に入っていた。好きなだけ考えていたが、動くと、その暖かさが出るのを妨げてしまう気がしていた。居心地良く寝れば、寝るほど楽だった。右手を体の下から出して、寝返って、仰向けに寝た。ちょっと気分が悪くなったが、また前の状態に戻った。阿片の効果はもっと高めていた。死をちゃんと感覚したかった。感情がより激しくなって、まだ寝ていないことに驚いていた。私の存在が全て快く身体を出るようだった。心臓の動きが鈍くなって、呼吸が遅くなっていた。二三時間も経っただろう。そのうち誰かがドアを叩いた。隣の人だと分かって、返事せず、動こうとしなかった。目を開いて、また閉じた。彼の部屋のドアが開く音が聞こえた。彼は手を洗って、口笛を吹いていた。前部が聞こえて、快いことを考えようと頑張った。去年のことを考えた。船の中に座っていた。ミュージックのパフォーマンス、海の波、船の動き、私に前に座っている美人。思考に耽っていた。翼が生えていたように空間を飛んで回っていた。説明できないほど身軽くなっていた。普通の光は阿片の恍惚のお陰でシャンデリアの光になって、いろんな色に見えるのだ。こうして頭の中に浮かんでくる無益で軽やかな思いも不思議で魅力的になる。どんな空しい思いも壮大になって、時間の経過を感じられないのだ。
体がとても重くなってきて、思考がもう体の上に浮かんでいた。でも、眠っていな気がしていた。まだ覚えている、阿片の最後の恍惚は足が冷たくて、無感覚になって、体が動かず、遠くへ行く感じだったが、その効果が終わってしまうと、私は果てのない悲しみに占められて、意識が戻ってくるような気がした。体が寒くなって、半時間以上も激しく震えた。歯のガタガタ音が聞こえていた。その後、熱が出た。燃えるような熱で、汗が流れた。心臓が詰まる感じがして、呼吸が苦しかった。全てが無駄になって、望んでいた通りにならなかったと思った。自分の不死身さに驚いて、ある陰気な力や説明できない不幸が私と戦っているのに気付いた。苦労して、上半身を起こして、ライトのボタンを捻って、電気を点けた。なぜか手をベッドサイドテーブルの上にあった小さな鏡に伸びて、自分をその中に見た。顔が炎症して、ベージュ色になっていた。目から涙が零していた。心臓が激しく詰まっていた。少なくとも心臓を壊したんだと自分に言い聞かせて、電気を消して、ベッドに体を下ろした。
いゃ、心臓が壊れていなかった。今日はその具合が良くなったのだ。そう、バムの茄子は害虫が付かないんだ(諺)。先生が来て、心臓の動きを聞いて、脈拍を測って、舌を診て、温度計を口に入れた。世界中の医者が来る途端やる同じ形式的こと。私にキニーネとクエン酸ナトリウムを処方して、私の病が何かぜんぜん分からなかった。誰も私の病が何か理解できないんだ。こんな薬が馬鹿馬鹿しい。あそこテーブルの上に七、八種類の薬も並べてある。心の中に笑った。なんて劇場だ。
時計は耳のすぐそばに音を立てるんだ。外から車と自転車の騒音ホーンが聞こえてくる。壁紙に目をやる。模様は紫色の細い葉と白い花の房で、その茎に二羽の黒い鳥が座って、お互いに向き合っている。頭の中が空っぽで、お腹が変な感じがする。おまけに体がボロボロ。ドレッサーの上に投げ捨てた新聞が変な形をしている。見ると、異常に見える。自分もだ。どうしてまた生きているんだろう?どうして呼吸しているんだろう?どうしてお腹が空いているんだろう?どうして食事するんだろう?どうして歩くんだろう?どうしてここにいるんだろう?ここに見える人たちが誰で、何の用だろう?
今はよく自分のことを知っている。除去もなく付加もなく自分そのままを。何も出来ず、疲れて、挫けて、ベッドの中に横たわっている。頭の中に思いの渦が何時間もぐるぐる回っている。いつもの絶望の渦が回って、もう飽きている。自分の創造に驚いている。自分の存在を感じるとは、なんと悲しくて恐ろしい。鏡の中を見て、自分を笑う。自分の顔が、知らない顔で可笑しく見える…
何度も考えた。私は不死身になってしまったんだ。物語で語る不死身は、私のことだ。奇跡だ。今になって、どんな迷信もどんなでたらめも信じる。不思議な思いが目の前を通る。奇跡だ。神は果てのない残酷さで二種類の生物を創造したんだだと分かってきた。幸せな人と不幸な人。一つ目の種類を応援して、二つ目の種類に自分の手で苦しみや不幸を増やさせるのだ。なにか粗暴な力が、不幸の天使が、ある人たちと共にいるのを今になって、信じている。
とうとう一人になった。先生が帰ったばかりだ。紙とペンを取って、書くつもりだ。何をか分からない。書くことはない、それともたくさん書きたくて、書けないんだ。これも一つの不幸だな。知らない。泣けない。泣けていたら、すっきりしたかも知れない。が、できない。狂人とそっくりになってしまった。鏡の中で、髪の毛が縮れて、目に生気がないのを見た。顔がこうではないべきだと思う。思う顔が本当の顔と違う人が多いんだ。自分が嫌だってことぐらいが分かる。食べると自分が嫌い。歩くと自分が嫌い。考えると自分が嫌い。なんと粘り強い。なんとおぞましい。いゃ、これは人間を超える力なのだ。畜生だ。今になって、何でもを信じる。シアン化カリウムを飲んでも、私に利かなかった。阿片を飲んで、まだ生きている。龍に噛まれても、死ぬのは龍のほうだ。ううん、誰も信じるまい。毒は期限切れていたというの?量が足りなかった?多すぎだった?医書に読んだ量が間違っていた?私の手の中に毒も解毒剤に変わってしまう?知らない。こんなことを考えるのは百度目だ。サソリを火で囲んだら、自分を刺すと聞いたことがあるのを覚えている。私の回りにも火の丸はないだろうか?
部屋の窓の向こうに、樋が雨に満ちた切妻屋根の上に、二羽の雀が座っている。一羽が嘴を樋の水に入れて、頭を上げる。もう一羽がそばにむっと座って、羽の中を探る。私は動くと、二羽もチュンチュンと鳴って、一緒に飛んでいった。天候は曇りだ。ときどき雲の向こうから淡い日光がさしてくる。前の建物が全て煙ったくて暗くて憂く、重いような曇天の下に残っている。街の音が、遠くて淡く聞こえる。
あの意地悪いトランプが、私を騙した嘘つきなトランプが、あそこ机の引き出しの中に入っているのだ。もっとも可笑しいのはまだそのトランプで占っているということだ。
仕方がないだろう?運命のほうが私より強いんだ。
人間が得た経験を持ちながら、再び生まれて、人生を営むことが出来たら、いい。けど、人生とは?私がそれを決めるのか?無駄じゃないか?我々は禍々しくて恐ろしい力に経営されているのだ。ある人たちが定めを不気味な星に決められて、滅ぼされて、滅びたいのだ…
もう夢も憎しみもない。人間らしいことを全てなくしたんだ。なくなるのを無視した。人生では、天使か人間か動物になるしかないない。が、私はどれもにならず、我が人生を永遠に失ってしまった。私はにわがまま、不器用で不幸に生まれていて、引き換えて、別の道を行ってみるのが無理だった。もう虚しい幻を追って、人生と戦えないんだ。真実の中に生きていると思うあなた達、根拠でもあるのか?私はもう許したくも、許されたくもない。左にも、右にも曲がりたくない。将来に目を閉じて、過去を忘れたいんだ。
ううん、運命から逃げられないんだ。この狂った思考、感情や儚い想いが事実じゃないか?少なくとも、合理した考えより、自然に見える。自由だと信じているのだが、運命に対してぜんぜん抵抗できない。私の手綱がそいつの手の中にあって、私を八方に引いて行かせるのは運命だ。下品さ。避けない、人生の下品さ。叫ぶことが出来ないし、戦うことも出来ないんだ。人生の馬鹿。
今は、もう生きていなくて、夢も見ない。好むことも、嫌うこともしない。私は死がお馴染みで、親しくなってきたのだ。私のたった一人の友達で、慰めてくれる唯一のものなのだ。モンパルナス墓地を思い出す。もう死人を羨まない。私も彼らの世界に含まれているのだ。私も彼らと一緒で、一人の生き埋めだ…。疲れている。なんてでたらめを書いてしまった。「去って行ってよ、馬鹿。紙とペンを捨てろ。ナンセンスはもういい。黙って、これを破れろ。このでたらめが誰かの手に入ったら、どう判断されると思う?」と自分に言い聞かせる。でも、私には建前がなくて、構わないし、世の中とそのマフィアに笑う。彼らはどんなに厳しく私のことを判断しても、私がもっと厳しく自分のことを判断したのを知るまい。彼らは私に笑うけど、私がもっと彼らに笑うのを知るまい。私は自分も、このでたらめを読む読者も忌んでいるのだ。

×××××

この手書きと一つの紙束が彼の机の引き出しに入っていた。が、彼はベッドの中に横たわっていて、呼吸するのを忘れていたのだ。

サーデグ・へダーヤト
パリ・一九三〇年四月二日

Sadegh Hedayat-1002